落合幸治(バイオコンピューティング研究チーム 研究員)

✕ 兵庫県立北条高等学校 自然科学部

iPS細胞を用いた再生医療の進展が期待されています。しかし、iPS細胞の培養は経験と勘を頼りにしている部分があり、それを解決するために、理化学研究所ではロボットが活躍しているということを知りました。そこで、そのロボットのプログラミングについて研究されている落合さんにインタビューをしました。

落合研究員
落合幸治(おちあい・こうじ)岡山県出身、山口大学物理情報科学科卒業後就職で東京に。その後、理化学研究所に転職、並行して大阪大学で博士号を取得。現在は理化学研究所で細胞の自動培養の研究を行っている。

どのようなロボットを用いた研究をしていますか?

私はヒューマノイドロボット「まほろ」とAI(人工知能)による自律細胞培養の実現を目指す研究において、ロボットのプログラミングを担当しています。
まほろとは、産業技術総合研究所と株式会社安川電機によって開発された汎用ヒト型ロボットです。これまでのロボットを用いた実験では、さまざまな実験のそれぞれの動きに特化した専用ロボットを複数台組み合わせて使っていました。この方法は一度実験内容を決めてしまうと簡単には変えることができず、場合によっては専用ロボットを追加購入する必要があるなど、効率的とは言えないものでした。さらに、ロボットが使用する実験器具はロボット専用の設計であることがほとんどでした。しかし、汎用ヒト型ロボットは、人が使う実験器具をそのまま使うことができ、実験内容の変更にも柔軟に対応でき,ミリメートルや秒単位で動きを設定できるというメリットもあります。
私たちは、細胞培養の実験を行う時にまほろを用いています。再生医療の分野では、組織や臓器の材料となる高品質な細胞が必要不可欠です。しかし、多くの研究施設において細胞の培養・製造は熟練細胞技術者による匠の技に依存しています。そこで基礎研究の細胞培養の自動化に焦点をあて、匠の技に依存しない自律的な細胞培養システムを作ろうというのが今回の研究です。私は特にその培養動作を行うまほろの「手」のプログラミングを担当しています。

まほろは従来の自動培養装置とは何が違うんですか?

従来の自動培養装置は構成や用途が固定化されていたため、同じ細胞を繰り返し大量に培養するのが得意だった一方、手順が確定する前の試行錯誤を必要とする基礎研究には向いていませんでした。
ここで活躍するヒト型ロボットであるまほろは、人間の手を介さずに細胞の増殖度合いから次の実験スケジュールを自動的に判断し、実行することが可能です。つまり、観察、判断、操作をロボットと人工知能に自律的に実行させることができます。このように生物学実験の自動化により研究の効率を向上させることが期待できます。今回行ったロボットのプログラムはどのような軌道でロボットを動かすかと、どのタイミングでロボットを動かすかに大きく分けることができ、私が担当したのは後者です。また、まほろは人間のような双腕を備え、6軸構造のロボットと比べて腕の関節軸(腕を捻る動作)を1つ多く持っているので、人間が使うピペットなどの実験器具をそのまま使用し、人間の実験操作を模倣することが可能です。人間と同じように器用で滑らかに動くだけではなく、実験台などの周囲が狭い環境でもパフォーマンスを発揮します。 

研究員としてどのような生活をしていますか?

学校の授業のように1時間目~4時間目は授業、その後は昼食、午後はまた授業、というような“典型的な1日”というものはありません。研究者の生活は働く時間、仕事の時間配分、働く場所などについて自分で特定のカリキュラムを作って自分で実行するというスタイルが多いです。なので、仕事の進め方は日によって違います。例えば、プログラミングのコードを書く時は集中力が続く限り書いたり、考える時は部屋の中をうろうろしたり、散歩をしたりします。また、現在のコロナ禍の状況では、一年以上研究室には行っていません。雇用形態にもよりますが、理研の研究員は自分の生活を自分で決めることができるので、自分に合った自由な働き方を探すことができます。

今後への期待は何ですか?

主に3つあります。1つ目は、実験で用いる対象細胞を広げていくことによって、生命科学研究の効率向上や加速に貢献するものと考えられます。2つ目は、現在は、新型コロナウイルスによる研究施設の停止や立ち入り制限などにより学術研究は多大な影響を与えています。それに対して、今回のような自動実験を用いることによって新たな研究スタイルを確立していくということです。3つ目は、客観的な記録(ログ)の取得がより正確にかつ客観的に取得できるということです。人間の手作業による実験操作では、実際にどのように操作したのかの客観的な記録(ログ)が欠落しており、後から検証することが極めて難しいです。しかし、今回のように実験をロボットに任せることにより、客観的なログが取得可能になり、実験の実行記録と結果の生データを結合した新たなデータサイエンスの創出につなげることができます。
以上をふまえて、もう少し追加したい機能としては、細胞を観察する頻度をさらに増やして、それを最適な行動に反映させる「自動計画」の実装です。自動計画というのは、おおざっぱに言うと,ロボットの行動順序を具体化していくことです。ただし、自動計画の求解過程は複雑です。

高校生へのメッセージがあれば教えてください。

まず、高校の間にできることは限られていて成人しないとできないことがたくさんあります。また、特定の資格を取るあるいは職業に就かないと入れない場所もたくさんあります。これは、もし知識が足りないと危険な状態に陥る可能性があるからです。目標が決まっているなら成人するまでの準備として、目標が決まっていないのならば選択肢を増やすという意味で勉強しておくべきだと思います。

インタビューを終えて

取材をする前までは、細胞を自動培養するということに対してアバウトなイメージや考えしかなかったですし、ロボットに対しても一般的なロボットを想像していましたが、取材で詳しく教えてもらうことによって、細胞の自動培養の目的や方法、ロボットの特徴などを深く理解することができました。また、研究者の方の日々の生活などを知ることによって、前よりも身近に研究者というものを感じることができるようになったと思います。これからは、高校でたくさんのことを学んでいく私たちも物事に対してより深く知ろうという気持ちをもっていきたいと思いました。

取材・執筆

兵庫県立北条高等学校 自然科学部
阿部 太政、伊藤 勝大、伊藤 大智、田中 庸右、末金 昂樹、板井 恒太、織邊 心優、東後 達也、冨士松 樹、別府 俊祐