栄養と代謝:モデル動物からメタバースまで、細胞骨格の果たす役割、動物実験に代わるもの、新型コロナウイルスと心臓疾患、進化とゲノム、動物の繰り返し構造のルール、など。
2023年12月から2024年3月までのプレスリリースと論文ニュースからご紹介します。
ガラクトースバイオセンサーの開発
2024年3月20日
ガラクトースはグルコースとともにさまざまな生物の栄養源となっています。しかし細胞内のガラクトースを計測する方法が限られていることから、その代謝には不明な点が多く残されています。動的恒常性研究チームの
ユ・サガン チームリーダー、ウーウルジャン・サクズル 研修生らはショウジョウバエを個体モデルとして、細胞内のガラクトースのバイオセンサーを開発し、1細胞レベルでのガラクトースの計測を可能にしました。本研究は、糖尿病などの代謝疾患に対する新規薬剤スクリーニングなどの研究開発に波及効果があると期待されます。
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Sakizli U, Takano T, Yoo SK. PLoS Biol 22, e3002549 (2024)
腸内細菌が、腸の動きを活発にする
2024年3月19日
腸内細菌によって消化管の蠕動運動が活発になるということが知られています。しかし、どのような腸内細菌が、どのように消化管の運動を促進するのかについては未解明のままです。栄養応答研究チームの
小幡史明チームリーダー、藤田有香 大学院生リサーチアソシエイトはショウジョウバエ腸内の乳酸菌が産生するアセチルコリンによって、腸の蠕動運動が活発になることを明らかにしました。
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Fujita Y, Kosakamoto H, Obata F. Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci 379, 20230075 (2024)
組織をモジュール化して体外で再構築
2024年2月28日
薬の効果や安全性がマウスなどの動物を用いて確認されても、ヒトでは結果が異なることがあります。生体模倣システム理研白眉研究チームのイサベル・コウ特別研究員、
萩原将也チームリーダーは、ヒト細胞に由来する各組織をCUBE(立方体)型デバイスを用いてモジュール化し、作製した複数の組織モジュールを組み合わせることで、組織連関が表現可能な臓器チッププラットフォームを開発しました。本プラットフォームは薬剤スクリーニングにおける実験動物とヒトの種差の問題を解決し、非臨床試験における動物代替モデルとしての応用が期待できます。
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Koh I, Hagiwara M. Commun Biol 7, 177 (2024)
システム生物学のためのメタバース活用法
2024年2月20日
細胞内の分子の複雑なネットワークを理解するためには多様な知識と技術が求められますが、専門分野の異なる複数の研究者が共同で一つのモデルを作り上げることは容易ではありません。バイオコンピューティング研究チームのエリオット・ジャコパン大学院生リサーチ・アソシエイト、海津一成 上級研究員、
高橋恒一チームリーダーらは、VRデバイスを活用して仮想空間上で生体分子の代謝ネットワークをシミュレーションし、操作するためのソフトウェアを開発しました。本ソフトウェアは、複数の研究者が仮想空間上で協働しながらモデルを解析し、構築することを可能にします。
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Jacopin E, Sakamoto Y, Nishida K, et al. NPJ Syst Biol Appl 10, 12 (2024)
心臓移植のための治療から、回復のための治療へ
2024年2月6日
重症の心不全患者は植え込み型補助人工心臓を利用しながら心臓移植の機会を待つことがありますが、ドナーが少ないのが現状です。
升本英利研究リーダー(臨床橋渡しプログラム心疾患iPS細胞治療研究)らは、補助人工心臓を装着している状況をラットを用いて再現し、心筋梗塞モデル心臓に、分化誘導した細胞やポリマーから作成した人工心臓組織を移植すると、効率的に移植片が生着・増殖し、心筋の機能が回復することを示しました。この方法によって、移植に頼らず、心臓そのものを回復させられる可能性が示されました。
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Heima D, Takeda M, Tabata Y, et al. J Thorac Cardiovasc Surg , S0022-5223(23)01095-4 (2023)
さまざまな形やサイズの細胞骨格を人工生体膜上で作る
2024年1月31日
私たちの体を作る細胞は脂質でできた膜(細胞膜)で包まれていて、細胞膜はアクチンというタンパク質でできたメッシュ状や束状の裏打ち構造(細胞骨格)によって支えられています。細胞は状況に応じて細胞骨格の形を変えることで力を発生し動きます。構成的細胞生物学研究チームの山崎陽祐リサーチアソシエイト、
宮﨑牧人チームリーダーらは人工生体膜を使ってアクチンによる自発的な細胞骨格形成を制御する技術を開発しました。本研究は、アクチンが担う細胞の運動や変形など基本的な生命機能の理解だけではなく、がん細胞の浸潤や転移など、アクチンが関わるさまざまな病気の原因の解明や治療法の開発への貢献が期待されます。
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Yamazaki Y, Miyata Y, Morigaki K, Miyazaki M. Nano Lett 24, 1825-1834 (2024)
組織幹細胞はなぜ死ににくい
2024年1月31日
組織の維持や再生に重要な役割を担う組織幹細胞は、死ににくい性質を持つことが知られています。
ユ・サガン チームリーダー、シヴァクシ・スレク研修生( 動的恒常性研究チーム)らは、ショウジョウバエの腸をモデルとし、通常の細胞では細胞死を促進するような操作を腸幹細胞に施したところ、腸幹細胞は死ぬどころか、逆に増殖することを見いだしました。その原因として、通常の細胞では細胞死と細胞増殖を促進するシグナルを同時に活性化するフィードバック機構が機能するのに対し、腸幹細胞では細胞増殖シグナルのみが優位となっていることを発見しました。
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Sulekh S, Ikegawa Y, Naito S, et al. Life Sci Alliance 7, e202302238 (2024)
ヌタウナギが明らかにする脊椎動物のゲノム進化
2024年1月29日
現生の脊椎動物は、ヒトなど顎を持つ顎口類(がっこうるい)と、ヌタウナギなど顎を持たない円口類に大別されます。
倉谷滋チームリーダー(形態進化研究チーム)ら国際共同研究グループは、ヌタウナギのゲノムを初めて解読し、脊椎動物の進化で生じた全ゲノム重複のタイミングを特定しました。最初の全ゲノム重複は約5億3千万年前の初期カンブリア紀、2回目は顎口類が円口類と分岐した後の約4億9千万年前に顎口類の共通祖先で発生しました。また円口類では約5億年前にゲノムの3倍化が生じました。この研究により、全ゲノム重複が形態進化に及ぼす影響が複雑であることも示されました。
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Yu D, Ren Y, Uesaka M, et al. Nat Ecol Evol 8, 519-535 (2024)
管を支える細胞骨格の作り方
2024年1月24日
培養細胞から人工血管などの管状組織を試験管内で作り出し医療に役立てるためには、生体内でいかに管状組織が自己組織的に形成されているのかの理解が必要です。形態形成シグナル研究チームの関根清薫 学振特別研究員RPD(研究当時)、
林茂生チームリーダー、フィジカルバイオロジー研究チームの多羅間充輔 基礎科学特別研究員(研究当時)、
柴田達夫チームリーダーらは、細胞骨格を構成するアクチンが、ナノスケールの集合体(ナノクラスター)を形成し、それらが融合することで管状組織を支えるリング状の細胞骨格が作られることを発見しました。
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Sekine S, Tarama M, Wada H, et al. Nat Commun 15, 464 (2024)
周りを見て考えて手を動かす自動実験ロボ
2023年12月25日
近年、実験科学においてもロボットやAIの活用が進んでいます。しかし、実験室を「ロボットに合わせる」必要があるなど、普及に向けて解決すべき点が残されています。張竣博 研修生、田中信行 上級研究員、
高橋恒一チームリーダー(バイオコンピューティング研究チーム)らは、手先にカメラとピペットを取り付けたロボットアームと、コンピュータ上で再現した実験環境の3次元モデルとを組み合わせることで、適切な実験操作を自律的に生成することができる生成系AIを開発しました。このシステムにより、植物の形状を個体ごとに識別し、きめ細やかな実験が自動化できることを実証しました。
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「ポストコロナ」で警戒すべき心不全パンデミック
2023年12月23日
新型コロナウイルスの変異株の重症化率が低下していることや、ワクチン接種、治療薬の開発などを経て、現在、医療対策は急性期の症状だけではなく、慢性的な健康問題にも焦点が当てられるようになりました。村田梢 研究員、
升本英利研究リーダー(臨床橋渡しプログラム心疾患iPS細胞治療研究)らは、新型コロナウイルスの持続的な感染が心不全のリスクを高める可能性があることを、ヒトiPS細胞を用いた実験で明らかにしました。
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Murata K, Makino A, Tomonaga K, Masumoto H. iScience 27, 108641 (2024)
遺伝子改変技術をソメワケササクレヤモリでも利用可能に- 爬虫類と哺乳類との比較研究を加速 –
2023年12月20日
近年、脊椎動物の進化や生物多様性の研究における哺乳類の比較対象として、これまでの鳥類に加え、爬虫類に注目が集まっています。生体モデル開発チームの阿部高也 技師と
清成寛チームリーダーらは、ソメワケササクレヤモリの未受精卵に対してCRISPR/Cas9システムを用いたゲノム編集技術を用いて遺伝子を改変することに成功しました。この技術により、爬虫類と哺乳類との比較研究がさらに加速すると考えられます。
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Abe T, Kaneko M, Kiyonari H. Dev Biol 497, 26-32 (2023)
動物の触手は植物の葉と同じルールで配置される?
2023年12月11日
動植物の形に見られる周期性(繰り返し構造)は、発生や成長の過程で広く現れる現象です。例えば、脊椎動物では、脊椎が体軸に沿って繰り返し配置されます。一方、クラゲやヒドラなどでは、触手が体軸を中心に植物の葉のように繰り返し配置されます(放射相称)。サフィエ・エスラ・サルペル 学振特別研究員(形態進化研究チーム)らは、放射相称動物であるヒドロ虫が体の周りに触手を配置する原理を明らかにしました。また、個体によってリングあたりの触手の数が異なる事を発見し、これらの違いを説明する数理モデルを提案しました。
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Sarper SE, Kitazawa MS, Nakanishi T, Fujimoto K. Front Cell Dev Biol 11, 1284904 (2023)
若いうちこそ「腹八分目」
2023年12月5日
食餌制限が寿命延長効果を示すことはさまざまな生物で確認されており、ヒトについてもさまざまな食事制限による健康増進法が提唱されています。中でも、アミノ酸であるメチオニンは寿命に大きな影響を与えることが知られています。今回、小坂元陽奈 基礎科学特別研究員、
小幡史明チームリーダー(栄養応答研究チーム)らは、メチオニン制限を行う時期と寿命延長効果の関係を、ショウジョウバエを用いて詳しく解析しました。その結果、メチオニン制限による寿命延長効果は加齢によって大きく低下することを発見しました。
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Kosakamoto H, Obata F, Kuraishi J, et al. Nat Commun 14, 7832 (2023)