構成的細胞生物学研究チーム
2023年4月にBDRに合流した構成的細胞生物学研究チームのチームリーダー、宮﨑牧人 博士にご自身の研究やチームについて聞きました。
理研でチームを持つ前は、どこでどのような研究をしていましたか?
修士課程までは分子モーター1分子の動きを、当時最先端の光学顕微鏡を駆使して見る・操作する研究をしていました。分子モーターの動作原理を理解するにはもっと物理を勉強しなきゃと思い、博士課程では非平衡統計力学に関連した理論的研究で学位を取得しました。
この頃進路に悩んでいて、昆虫少年だった頃の初心に立ち返って、もう少し生き物っぽいものを研究したいと思い、ポスドクから今の研究につながる再構成実験を始めました。大変ありがたいことに、気の向くまま自由に研究できる環境を用意していただき、のびのびと研究をやらせてもらいました。思うような結果がなかなか出ず、研究の難しさも痛感しましたが、おかげさまでこの時期に自分らしい研究の筋道が見えてきたように思います。
その後は、また自由な環境の京大白眉センターで研究に専念できる機会を与えて頂き、京大の留学支援制度を利用してパリ中心地にあるキュリー研で共同研究を始めました。実験にも慣れてきてデータも出始めた頃、新型コロナの流行で急遽帰国することになり、共同研究は中断せざるをえない状況に。帰国して新しい研究を始めながら次の職を探していたところ、理研でチームを持たせて頂ける運びとなりました。
理研ではどのような研究を目指していますか?
生物は分子から個体に至るまで複雑な階層構造を持っていますが、その中でも物質と生命の境界である分子と細胞の階層をつなぐ研究を目指しています。
例えば物理学では18世紀に産業革命で蒸気機関が使われることで熱力学が発展しましたが、熱力学は経験則、すなわち観測データをもとに圧力や体積などの対応関係を記述した学問です。この対応関係はシンプルでとても美しいですが、その一方で現象を支配しているのは分子で、ニュートン力学で理解できる1分子の階層とマクロな熱力学の階層には大きな隔たりがありました。そこで分子の振る舞いから熱力学を説明できる統計力学が生まれ、ミクロとマクロの世界がつながりました。
生物ではこれほど上手くいくかはわかりませんが、可能にしてくれる(はず)なのが「構成的手法」です。レゴブロックや自動車、折り紙、洋服など、完成品をじっくり見るだけだと理解には限界があって、自分の手で壊しては組み立て直すことで、仕組みが手に取るようにわかった経験をお持ちの方は多いのではないでしょうか?同じことを細胞でもやってやろうという挑戦です。無謀なことに思えますが、分子から生命が成り立つ仕組みに迫れると信じています。
さらに理研では、これまでの研究で培った人工細胞の技術を活かして、細胞と細胞集団の階層をつなぐことを目指した研究も始めました。
チームはどのようなメンバーで構成されていますか?
構成メンバーはポスドク3名、リサーチアソシエイト1名、テクニカルスタッフ1名とアシスタントの方です。最近ポスドク2名が加わり、研究チームらしくなってきました。専門は生物物理学、細胞生物学、合成生物学、構造生物学など様々で、国籍もベトナム出身の方がひとりいます。あとは共同研究先から研修生(インド出身、アクティブマター物理が専門)を受け入れていて、時々実験しに来る予定になっています。
チームのスゴイところを教えて下さい。
精製したタンパク質を混ぜ合わせて細胞サイズのリポソームに封入する技術、特にアクチン細胞骨格を再構成する技術が一番の強みだと思います。アフリカツメガエルの卵から細胞質を取り出す技術もチームの強みです。最近では光遺伝学の技術を再構成系で使えるようにしました。
あとは装置とかソフトウェアとか、自作できるものは、なるべく自作しようと心掛けてきました。時間はかかりますが自作した方が理解が深まるし、痒いところに手が届くカスタマイズ仕様になるので、結果的には既製品の組み合わせでは簡単に真似できない、オンリーワンの実験技術が生まれると信じています。
趣味を教えて下さい。
いろいろありますが、研究と関連しそうなことをいくつか。料理は食べるのもつくるのも好きです。最初に指導を受けた先生から「料理が上手な人は実験も上手い」とそそのかされ(?)、それ以来、余裕があればキッチンに立つようにしています。料理人の友人が何人かいますが、料理人の日々の過ごし方や新しいレシピのために試行錯誤している姿を見ていると、研究者ととても似ているように思いますし、たくさん刺激をもらいます。
それからブラタモリ的な街歩き。注意を向けなければ見過ごしてしまう日常からおもしろそうなことを掘り出し、ふとしたきっかけでそれらが一気に繋がり、街の成り立ちが見えてくるのは快感です。特に期待通りの結果が出ず研究が停滞しているときに大切な姿勢、役立つスキルだと思います。
あとは絵を描くこと。旅先にスケッチブックと鉛筆、水彩絵の具を持って行って風景画を描くのが好きです。複雑な建築や草木などからエッセンスを抽出してシンプルな線や色に落とし込む作業、これも研究に通ずるところがあると思います。
研究も趣味だと密かに思っていますが、なんでも繋がっている気がしますね。
理研に着任して、驚いたことはありますか?
共通設備の充実ぶりに圧倒されました。
今後どんな方にチームに加わって欲しいですか?
一言で言うならば、研究を楽しめる人、ですかね。もちろんどんな研究にも当てはまると思いますが、特に再構成実験は、期待通りの結果が出にくいと思っています。サンプル調製を始めてから実験系がワークするまで試行錯誤に時間がかかる場合も多いので、日々の研究活動を楽しめないと、今日も上手くいかなかった、ダメだ、、、となってしまいがちです。そうではなく、没データの中からおもしろそうなことを拾い上げ、既成概念にとらわれない仮説を考え、まさにブラタモリ的な推理を楽しめれば、思い通りの結果が出てなくても日々の研究は楽しくなります。心に余裕を持って研究を楽しめれば、自ずとおもしろい発想も生まれてくるはずです。
これまでは細胞骨格にフォーカスして研究を進めてきましたが、理研では研究対象をもう少し広げたいと考えています。ですので細胞骨格じゃなくても、再構成系でこんな生命現象を再現してみたい、こんな仮説を思いついたんだけどそれをシンプルな再構成系で証明してみたい、といった提案は大歓迎です。