発生ゲノムシステム研究チーム
2023年4月からBDRで研究活動を行っている近藤武史博士に、ご自身の研究やチームについて聞きました。
理研でチームを持つ前は、どこでどのような研究をしていましたか?
発生に興味を持ち、大学院生の頃からショウジョウバエ胚をモデルとして様々な角度から研究を行なってきました。まず、大学院生として奈良先端科学技術大学院大学で、当時はゲノム配列がわかって少し時間が経った頃だったのですが、そこにどのような未知の情報がコードされているのかという観点で研究を行い、そのORFに11アミノ酸残基の非常に短いマイクロペプチドを直接コードする新規遺伝子を発見し、それが細胞分化制御に重要なことを明らかにしました。(私が把握している限り、このpri遺伝子のORFは動物において機能的なマイクロペプチドをコードする最小のORF(11アミノ酸+停止コドン = 36塩基)です。)
これはこれで面白かったですし、特定の遺伝子の機能を解明していくことも大切なのですが、遺伝子は1万個以上ありますし、それだけでは発生の仕組みの全体像を理解するにはだいぶ遠そうだということを、研究をしながら感じていました。なので、胚発生を理解するためには、その細胞や組織の動きのダイナミクスを自分の中に叩き込むことが必要だと思い、理研CDB(当時)の林茂生さんの研究室にポスドクとして参加し、顕微鏡を使ったライブイメージングを中心とした研究に取り組みました。その後、京都・大阪・神戸大が連携したコンソーシアム事業(K-CONNEX)のもとで、京都大学にて自分のグループを持って研究をさせていただける機会をいただき、メンバーと一緒に研究をするようになりました。この頃から、1細胞ゲノミクスや次世代シークエンスにも積極的に取り組むようになり、研究を展開しています。
ちなみに、ずっと研究にショウジョウバエを使っていますが、昆虫少年で昆虫が好きだったというわけではないです。堀田凱樹先生がインタビュー(「生きものの理論を探して」JT生命誌研究館)の中で「生物学者の子供時代にはどうも二種類あるんじゃないか。一つは、蝶を観察したりカブトムシを集めたりする昆虫少年。生物の多様性に興味がある人たちです。もう一つは、僕のようなラジオ少年。」と述べられていますが、私もどちらかというとラジオ少年タイプで、やはり発生のメカニズムを解きたい、という気持ちです。
理研ではどのような研究を目指していますか?
こちらの動画でショウジョウバエの胚発生の様子を見ることができます。ご覧いただければ多くの方に共感いただけると思うのですが、まず第一に、とてもダイナミックで美しい。私はもう20年以上見ていますが、いまだに飽きることがありません。こんなことがわずか24時間で完了し、一つの受精卵が幼虫となって孵化します。そして、個人的に何よりもすごいと感じているのが、こんな一見複雑な現象が正確に達成される、という事実です。究極的には発生を正確たらしめている根本原理を一言で表現したいと思っています。
発生過程では細胞がそれぞれ異なる運命を獲得して多様に分化していくプロセスと、細胞の動きによって組織や器官、そして個体の形が作り上げられていく形態形成のプロセスが同時に進行しています。細胞分化の過程は遺伝子発現の変化、言い換えると情報のダイナミクスとして捉えることができますが、形づくりは物理的実態の変形なので、基本的には物理的な現象です。現在は、発生過程において、この情報ダイナミクスと物理的ダイナミクスがどのように連携しながら同時進行していくのかを理解することで、発生の正確性の理由の一端に近づけるのではないかと考え、研究を進めています。ですが、そもそも何を明らかにすれば、発生が正確に進行する最も根本的な理由に迫れるのか、ということも日々自問自答していて、今の考えには囚われずに新しいアイデアを常に考えながら研究を進めたいと考えています。
ショウジョウバエは適度にシンプルで、100年以上モデル生物として用いられて知見や研究手法が豊富に蓄積されているので、まずはショウジョウバエの胚発生の仕組みを理解したと思えるところまで到達したい、という思いで現在の研究対象としています。これまでにショウジョウバエで明らかになった発生制御の仕組みが、動物界で広く用いられている例は枚挙にいとまがありません。そのため、これからの研究の過程で明らかにしていくさまざまな仕組みや原理も、今後も重要な基礎知見として、多細胞システムの理解や制御に大きく貢献できると考えています。
チームはどのようなメンバーで構成されていますか?
研究員1名、技師2名、テクニカルスタッフ4名、大学院生2名、アシスタント1名、パートタイマー3名、そして私を含めて総勢14名で構成されています。
我々の研究室はセンター全体のゲノミクス解析の支援、例えば次世代シークエンス解析のサポートも担当しています。このような支援によって研究が進むことがうれしくもありますが、他の研究室の方と議論しながらその研究に深く関わる機会が多く、その過程で自分の研究を進める上でも多くの気づきが得られますし、とても貴重な学びにもなっています。
さらに、実験科学の研究を進めるうえで、観察・解析技術の進歩がとても重要です。そのためゲノム科学関連の新規技術の開発・導入も積極的に取り組んでおり、最近では1細胞ゲノミクスや空間トランスクリプトーム解析の新規技術の開発・導入を進めています。
チームの強みを教えて下さい。
私自身は一貫してショウジョウバエ胚を研究対象としてきましたが、一方で、多岐にわたる切り口で研究を行ってきました。その過程で、ゲノム科学、分子生物学、顕微鏡イメージング、次世代シークエンス(オミックス)など、その時々でさまざまな技術を駆使してきて、経験を積んできました。そして、これまでの経験が今後、ショウジョウバエ胚発生を丸ごと、一つの現象にフォーカスするのではなく、全体を俯瞰して理解したいという目標を目指す上で、大事な土台になるだろうと強く感じています。また、現在のメンバーには、分子生物学実験が強いメンバーから、イメージングや画像解析、コンピューターシミュレーション、大規模データ解析やその環境構築に秀でた方まで、多様な専門性を持つメンバーが揃っています。なので、チーム内で幅広い技術を理解し、実行できることが最大の強みだと思っています。もちろん、我々にも経験のない技術や知識はたくさんありますので、そういったところはその専門家に助言や協力もいただきながら研究を進めています。