2020年8月から2020年11月までのプレスリリースと論文ニュースからご紹介します。
エピゲノムの制御を受けた転写の方程式
2020年11月26日
細胞核に収められたゲノムDNAはヒストンタンパク質に巻きつきクロマチンと呼ばれる凝縮した構造をとっています。DNAやヒストンの化学修飾はゲノムDNA中の遺伝子をRNAに転写する度合いを制御すること、また、がん細胞などではこれらの化学修飾に異常が見られることが知られています。しかし化学修飾のパターンの違いが転写の素過程にどのように影響しているかについて詳しく調べることは困難でした。梅原崇史チームリーダー、若森昌聡技師(
エピジェネティクス制御研究チーム)らは生化学(作る)・生物物理学(測る)・数理解析(モデル)の異分野融合研究を行い、ヒストンの高度なアセチル化が、転写可能なクロマチンの形成速度を、全くアセチル化されていない状態と比べて2.9倍高めていることを見いだしました。
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Wakamori M, Okabe K, Ura K, et al. Nucleic Acids Res (2020)
インフォマティクス初心者でも1細胞全ゲノムDNA解析が可能に
2020年11月24日
これまで、1細胞レベルでゲノムDNA複製の真の姿を捉えることは困難でしたが、三浦尚研究員、高橋沙央里研究員、平谷伊智朗チームリーダー(
発生エピジェネティクス研究チーム)らは独自の1細胞全ゲノムDNA複製解析法「scRepli-seq」を開発し、ゲノムDNAが複製されていく様子を1細胞レベルで解析可能にしました。さらにこの方法によってクロマチン高次構造の変化の推定や、染色体上の変異や染色体異常の検出もできることを示してきました。今回、三浦らは、scRepli-seq法を多くの研究者に広く使ってもらうために実験と解析に必要な全てのノウハウを論文にまとめて公開しました。
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Miura H, Takahashi S, Shibata T, et al. Nat Protoc 15, 4058-4100 (2020)
ロボットによる微生物の大規模進化実験
2020年11月24日
さまざまな抗生物質に耐性を持つ病原菌である多剤耐性菌の出現が世界的な問題になっています。耐性菌は、突然変異などにより薬剤に適応した病原菌が選択される、いわゆるダーウィン進化によって出現すると考えられています。前田智也基礎科学特別研究員、古澤力チームリーダー(
多階層生命動態研究チーム)らの共同研究チームは、ラボオートメーションを用いた進化実験ロボットを開発し、95種類の薬剤をそれぞれ添加した環境で、微生物の一種である大腸菌を植え継ぎ培養するという大規模な進化実験を行いました(
実験装置の動画)。さらに、一つの薬剤への耐性獲得により、他の薬剤への耐性がどのように変化したかを系統的に調べました。その結果、同時に耐性を獲得しにくい薬剤の組み合わせがあることを発見しました。今後、病原菌の耐性獲得を抑制する手法の開発に貢献すると期待できます。
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Maeda T, Iwasawa J, Kotani H, et al. Nat Commun 11, 5970 (2020)
細胞内ストレス応答を抑える分子の作用機構
2020年11月21日
細胞はストレスにさらされるとタンパク質の合成反応である翻訳を停止してストレスに対処します。しかし、神経細胞においては、翻訳の停止が慢性的に続くと、神経細胞死を引き起こし、プリオン病やアルツハイマー型認知症などのさまざまな神経変性疾患につながることが知られています。伊藤拓宏チームリーダー、柏木一宏研究員(
翻訳構造解析研究チーム)らは、こうした翻訳の停止を解除する作用がある低分子化合物の一種ISRIBと翻訳開始因子eIF2との相互作用をクライオ電子顕微鏡法によって詳細に解析し、ストレス環境下での翻訳開始因子の阻害型構造への変化をISRIBが抑制する作用機序を明らかにしました。
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Zyryanova AF, Kashiwagi K, Rato C, et al. Mol Cell (2020)
細胞内ゲートを閉ざす構造平衡の崩れ
2020年11月13日
カリウムイオン(K
+)チャネルは、細胞膜上のイオンの出入り口になるタンパク質です。さまざまな刺激に応じて、開いたり閉じたりして、K
+の透過量を制御します。K
+チャネルの変異により、K
+の透過量が低下すると、さまざまな疾病を引き起こすことが知られています。しかし、こうした変異体と野生型との立体構造の違いはわずかであり、これまでのX線結晶構造解析では、なぜK
+の透過量が低下するのかを説明することはできていませんでした。嶋田一夫チームリーダー(
生体分子動的構造研究チーム)らは核磁気共鳴(NMR)法を用いて、変異によるK
+チャネルの動的構造への影響を調べました。その結果、特定の変異がK
+チャネルの「開閉」の構造平衡を閉じた状態へと傾かせ、立体構造自体に大きな異常がないにもかかわらず、K
+透過活性を低下させていることを明らかにしました。
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Iwahashi Y, Toyama Y, Imai S, et al. Nat Commun 11, 5168 (2020)
新型コロナウイルスタンパク質の柔らかい構造
2020年11月10日
新型コロナウイルスのメインプロテアーゼはヒト免疫不全ウイルス(HIV)のプロテアーゼと類似していることから、既存のHIVプロテアーゼ阻害薬を新型コロナウイルス感染症の治療に応用することが期待されています。小松輝久研究員、沖本憲明上級研究員、泰地真弘人チームリーダー(
計算分子設計研究チーム)らは、独自に開発した分子動力学シミュレーション専用スーパーコンピュータMDGRAPE-4を用い、新型コロナウイルスのメインプロテアーゼと7種類のHIVプロテアーゼ阻害薬が結合する過程の分子動力学シミュレーションを行い、阻害薬と標的タンパク質の動的な結合を調べました。今後のウイルスタンパク質をターゲットとした薬分子開発の基礎的データになると考えられます。
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Komatsu TS, Okimoto N, Koyama YM, et al. Sci Rep 10, 16986 (2020)
皮膚の張力は皮膚の構造と機能を制御する
2020年11月6日
私たちの皮膚は、細胞同士または細胞とコラーゲン線維などが引っ張りあうことによって生じる「張力均衡」により、外部からの刺激に応答し、身体を保護する役割を果たしています。しかしながら、張力均衡を正しく評価する実験系はこれまでにはなく、十分な研究が行われていませんでした。辻孝チームリーダー(
器官誘導研究チーム)らは、ロート製薬株式会社と共同で、培養皮膚細胞を用いて、横方向の張力を再現した改良型の人工皮膚を開発し、張力均衡が皮膚の構造や機能に密接に関与していることを明らかにしました。この人工皮膚は、皮膚の微細な生理機能の解析を可能にし疾患や老化による皮膚の機能低下に対する新しい治療法の開発に貢献するとともに、医薬品ならびにヘルスケア製品の開発における動物実験の代替になることが期待されます。
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Kimura S, Tsuchiya A, Ogawa M, et al. Commun Biol 3, 637 (2020)
iPS細胞でヒト心臓の機能を知る
2020年11月5日
近年、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)から得られた心筋細胞を用い、心臓病に対する再生医療や創薬への応用を試みる研究が進んでいます。升本英利研究リーダー(BDR臨床橋渡しプログラム)らは、ヒトiPS細胞から誘導した心筋細胞や血管を含む細胞シート状の人工心臓組織の作製に成功しています。しかし、人工心臓組織のポンプとしての機能を測定する系はこれまで確立されていませんでした。今回、升本研究室のアブラティ・モシャ研修生、
集積バイオデバイス研究チームの田中陽チームリーダーらの共同研究グループは、ヒトiPS細胞から作製した三次元的なマイクロ心臓組織と、微細加工技術を用いて作製したマイクロ流路を組み合わせることで「ハートオンチップ型マイクロデバイス」を開発し、これまでにない高感度な人工心臓の機能評価系を確立しました。
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Abulaiti M, Yalikun Y, Murata K, et al. Sci Rep 10, 19201 (2020)
生活史戦略としての代謝リモデリング
2020年10月13日
生物は、一般的に飢餓になると貯蔵している栄養源を消費して生存しますが、個体が生まれてから死ぬまでの生活史の中で、常にこうした消費戦略が採用されているのかは、分かっていませんでした。山田貴佑記テクニカルスタッフ、廣中謙一客員研究員、西村隆史チームリーダー(研究当時、
成長シグナル研究チーム)、森下喜弘チームリーダー(
発生幾何研究チーム)らは、数理モデル解析によって、ハエでは成長期から成熟期への移行に伴い、貯蔵栄養の「消費」から「節約」に飢餓応答を切り替えることが、将来の生存や繁殖に関する適応度を最大にする最適な戦略であることを明らかにしました。
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Yamada T, Hironaka KI, Habara O, et al. Nat Metab 2, 1096-1112 (2020)
ES細胞塊を簡単に単離できるデバイス
2020年10月5日
遺伝子改変マウスの作製では、正しく遺伝子が改変されたES細胞コロニーを顕微鏡下で単離・回収する必要があります。しかし、この過程は手作業で行う必要があり、熟練の技術を必要としました。
集積バイオデバイス研究チームの田中陽チームリーダー、船野俊一研究員、
合成生物学研究チームの上田泰己チームリーダー、戸根大輔研究員らの研究チームは、細胞コロニーを線状に並べて見つけやすくし、また採取しやすくするための細い溝と、採取したコロニーを入れて培養するくぼみ(ウェル)を近接させたデバイスを新たに作製しました。このデバイスを使用することでES細胞コロニーの単離・回収速度が熟練者の場合は1.5倍、初心者の場合は2.3倍程度まで向上することを実証しました。
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Funano SI, Tone D, Ukai H, et al. BMC Res Notes 13, 453 (2020)
ヒトの時間ネズミの時間
2020年9月18日
受精卵から体が作られる発生過程はヒトとマウスでほぼ共通していますが、妊娠期間はヒトが約9か月、マウスが約20日とヒトのほうが長く、寿命や心臓の拍動リズムもヒトのほうが長いことが知られています。これらの種に特異的な時間スケールは、どのように決まっているのでしょうか。戎家美紀・元BDRユニットリーダー(現・欧州分子生物学研究所(EMBL) Barcelonaグループリーダー)、松田充弘・元BDR研究員(現・同研究員)らは、体節時計と呼ばれる発生過程の振動現象を用いてこの問題に取り組みました。その結果、ヒトの体節時計の周期がマウスよりも長いのは、細胞環境の違いによってヒトでは遺伝子発現に要する時間が長く、タンパク質分解が遅いためであることを発見しました。今後はなぜヒトとマウスで細胞環境が異なるのかを調べていく予定です。
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Matsuda M, Hayashi H, Garcia-Ojalvo J, et al. Science 369, 1450-1455 (2020)
呼吸器の発生をつかさどるメカニズムの解明
2020年8月27日
気管は、呼吸の際に空気の通り道となる組織です。気管の先天性形成異常は、新生児の呼吸効率を著しく低下させます。したがって気管の正常な発生の仕組みを解明することは重要な課題です。岸本圭史研究員、古川(田村)可奈研究員、森本充チームリーダー(
呼吸器形成研究チーム)、シンシナティ小児病院のアーロン・ゾーン教授らは、気管が胎児の中で出現するプロセスを明らかにし、培養皿上でマウスおよびヒトの気管組織を作製する方法を開発しました(
トップ画像)。これによって気管奇形などの生命を脅かす先天性の呼吸器疾患の病態の解明が期待されると同時に、治療の選択肢としてオルガノイドと呼ばれる臓器を模倣した3次元組織の開発にもつながると期待されます。
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Kishimoto K, Furukawa KT, Luz-Madrigal A, et al. Nat Commun 11, 4159 (2020)
ゲノムの動きをシミュレーションする新手法
2020年8月7日
近年、細胞核内のゲノムDNAの3次元的折りたたみ構造を調べる技術(Hi-C法)が急速に進展し、折りたたみ構造の変化と遺伝子発現のオン・オフの関連が明らかになりつつあります。新海創也研究員、大浪修一チームリーダー(
発生動態研究チーム)、谷口雄一チームリーダー(
細胞システム制御学研究チーム)、広島大学の冨樫祐一准教授らは、Hi-Cデータを解読してゲノム構造の時間変化も含めた4次元動態に変換する解析パイプラインPHi-C法を開発しました。これによってゲノム上の特定の遺伝子領域の細胞核内における特徴的な動きや、染色体凝縮過程における棒状構造への経時的な状態変化を、Hi-Cデータだけから再現することができました。
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Shinkai S, Nakagawa M, Sugawara T, et al. NAR Genom Bioinform (2020)