食べ過ぎを防ぐ脳のしくみ、ゴムの化学構造、世界一コンパクトな超高性能のNMR装置、心臓の異常を光で診断、いろいろな臓器の作り方など。

2022年7月から10月までのプレスリリースと論文ニュースからご紹介します。

食べ過ぎを防ぐ脳の仕組み

2022年10月27日

食欲は動物の根源的な欲求ですが、脳には過剰な摂食を防ぐための機能も備わっています。マウスは適切な量の餌を食べると、それ以上食べるのをやめますが、これは脳内で食欲を抑制する神経回路が活性化されるためだと考えられています。稲田健吾 基礎科学特別研究員、宮道和成チームリーダー(比較コネクトミクス研究チーム)らは、マウスを用いて、食欲を抑制する脳の働きにホルモンの一種であるオキシトシンが必須であることを明らかにしました。本研究成果は、食欲と神経回路のつながりを解明する上で重要な知見であり、将来的にはヒトの肥満や摂食障害についての理解を深めるものと期待できます。 続きを読む

Inada K, Tsujimoto K, Yoshida M, et al. eLife 11, e75718 (2022)


加硫天然ゴム中の新しい部分構造を発見

加硫天然ゴム中の未知構造が明らかに

2022年10月26日

パラゴムノキから得られる天然ゴムはそのままでは弾力性に乏しいですが、硫黄などと化学反応させると、伸び縮みするゴムの性質を現します。この工程を加硫と呼びます。加硫天然ゴムはタイヤなど私たちの日常で広く使われており、さらなる高性能化が求められています。また、リサイクルのために効率的な脱硫法(硫黄を除去する処理)の開発が求められています。しかし、加硫によってできた硫黄結合を含む構造は極めて複雑で、その詳細は未知のままでした。石井佳誉チームリーダー、大内宗城 客員研究員(先端NMR開発・応用研究チーム)らは、超高磁場核磁気共鳴(NMR)装置を使用し、加硫天然ゴムの特性を決めると考えられる構造の精密な解析に成功しました。本研究成果は、新しいゴムの合成法やゴムの再生に有効な脱硫法の開発にとって重要な知見であり、持続可能な社会の実現に貢献すると期待できます。 続きを読む

Kashihara K, Oouchi M, Kodama Y, et al. Biomacromolecules (2022)


世界一コンパクトな超1GHzのNMR装置の開発に成功

2022年10月25日

核磁気共鳴(NMR)装置は、磁場中に置かれた試料中の分子構造や物性を解析する装置で、医学、薬学、食品科学、材料科学といった幅広い分野で利用されています。NMR装置の性能は、磁場が高くなるほど大きく向上します。現在、世界各国で、超1ギガヘルツ(GHz、1GHzは10億ヘルツ)のNMR装置の開発が進められています。しかし超1GHzのNMR装置は、マグネットのサイズが大型かつ高価であるため、導入できる研究機関は限られます。また、マグネットの中に置かれたコイルを冷却するために希少資源である液体ヘリウムを多量に使用・消費します。これらのことが、超1GHzのNMR装置の幅広い社会実装へのボトルネックとなっていました。柳澤吉紀ユニットリーダー(機能性超高磁場マグネット技術研究ユニット)らは、ビスマス系高温超伝導コイル技術を用いることで、従来機と比べて約10分の1の重量に抑えた世界一軽量・コンパクトな超1GHz NMR装置の開発に成功しました。また、希少資源である液体ヘリウムの蒸発をゼロに抑えることに成功しました。 続きを読む

近赤外蛍光プローブAlexa680-BMPPを用いた心筋における脂肪酸代謝の生体イメージングの図

心臓の異常を光で診断

2022年10月21日

正常な心臓の筋肉(心筋)はエネルギー源として主に脂肪酸を利用していますが、血液が十分に供給されない状態の心筋は脂肪酸に代わってブドウ糖を利用するようになります。従って、心筋における脂肪酸代謝を画像化することは心臓機能の評価に不可欠であり、健康あるいは病気の心臓の状態の理解にもつながります。神隆チームリーダー、坪井節子テクニカルスタッフ(ナノバイオプローブ研究チーム)らは、心筋における脂肪酸代謝を光で可視化するための近赤外蛍光プローブの開発に成功しました。 これにより、これまで放射線イメージングでしか検査できなかった心筋の脂肪酸代謝を、より簡便に画像化できるようになります。続きを読む

Swamy MMM, Zubir MZM, Mutmainah , et al. Analyst 147, 4206-4212 (2022)


遺伝子の発現とクロマチン構造の維持を両立させる仕組み

2022年8月19日

真核生物のDNAはヒストンと呼ばれるタンパク質と結合してヌクレオソームと呼ばれる小さな塊を形成し、さらにヌクレオソームが数珠状に連なってクロマチン構造を作り、細胞核内に収納されています。転写を担う酵素であるRNAポリメラーゼは、DNAからメッセンジャーRNAを転写する際にヌクレオソームをほどく必要がありますが、ほどかれたヌクレオソーム構造が再形成される仕組みは不明でした。江原晴彦 研究員、関根俊一チームリーダー、(転写制御構造生物学研究チーム)らは、クライオ電子顕微鏡を用いて、RNAポリメラーゼが複数のタンパク質の助けを借りてヌクレオソームを通過する様子を捉えました。その結果、RNAポリメラーゼが前方のヌクレオソームをいったん解体し、後方で組み立て直す仕組みが初めて明らかになりました。 続きを読む

Ehara H, Kujirai T, Shirouzu M, et al. Science 377, eabp9466 (2022)


ES/iPS細胞からのヒト臓器の間充織細胞作製法

2022年8月18日

近年、幹細胞からさまざまな臓器に類似した3次元構造(オルガノイド)を作製することが可能になってきました。臓器は、外環境と接する薄い上皮組織と、その裏打ち構造となる間充織によって構成されます。発生過程において臓器が機能的な構造へと成長するには、上皮組織と間充織が互いに作用し合うことが必要です。しかし、これまでの多くの研究は上皮組織にのみ焦点を当てており、間充織の発生はあまり注視されてきませんでした。このことが、培養皿上でオルガノイドを構築する上での大きな障害の一つでした。岸本圭史 研究員、森本充チームリーダー(呼吸器形成研究チーム)らは、これまで、正常発生において呼吸器や消化管の臓器間充織が分化する仕組みを明らかにし、種々の臓器間充織細胞を作製してきました。本研究ではさらに、胃と食道の間充織細胞を区別して作製する手法を確立するとともに、これらの手法の詳細をまとめ、ヒト幹細胞を扱う一定の経験があれば誰でも追試可能な手順書として発表しました。 続きを読む

Kishimoto K, Iwasawa K, Sorel A, et al. Nat Protoc (2022)


タンパク質欠乏をしのぐ栄養適応の新機構

2022年7月26日

動物は、食事(餌)からの栄養吸収によって生きており、細胞レベルでも栄養不足を感知し対応することは生物が生き残るために重要です。実際、タンパク質摂取が制限されると、細胞はエネルギー消費を抑制する「飢餓応答」を引き起こし、栄養不良に適応しようとすることが知られています。小坂元陽奈 基礎科学特別研究員、小幡史明チームリーダー(栄養応答研究チーム)らは、ショウジョウバエを用いて、非必須アミノ酸の一つであるチロシンの量の低下がタンパク質欠乏を感知する機構であることを見いだしました。 本研究成果は、栄養欠乏に応答する生命の基本的な仕組みを解明し、細胞の栄養感知異常や個体の摂食障害による疾患メカニズムの理解にも貢献すると期待できます。続きを読む

Kosakamoto H, Okamoto N, Aikawa H, et al. Nat Metab 4, 944-959 (2022)


オキシトシン神経細胞の脈動を捉える

2022年7月22日

出産時の陣痛には波があります。ヒトの場合、最初は10分間隔ほどの陣痛が発来し、お産の進行とともにペースが速くなり、かつ一つ一つの波が高くなっていきます。この波を作り出している正体の一つが子宮収縮をつかさどるホルモン物質のオキシトシンです。オキシトシンを合成するオキシトシン神経細胞は、お産の進行に合わせて数分に一度激しく活動して大量のオキシトシンを血中に分泌します。また授乳の際に、オキシトシンは乳腺を収縮させて、貯蔵されていた母乳を乳管へと放出させます。幸長弘子 研究員、宮道和成チームリーダー(比較コネクトミクス研究チーム)らは、オキシトシン神経細胞の脈動をリアルタイムに可視化する技術を開発しました。オキシトシン神経細胞の脈動を作り出す分子基盤や神経回路基盤の解明に貢献すると期待できます。また、オキシトシン系の活性化は神経疾患の治療戦略としても着目されていることから、本研究は母性機能の理解を超えた重要性を持つと考えられます。 続きを読む

Yukinaga H, Hagihara M, Tsujimoto K, et al. Curr Biol 32, 3821-3829 (2022)


ネムリユスリカ幼虫を用いた生存圏探索デバイス

2022年7月21日

人類の発展にとって生存圏を探すこと、作り出すことは重要です。例えば、砂漠や荒れ地の緑地化、極地での生存圏確保、そして将来的には宇宙での生存圏探索といったシーンにおいて、生物生存環境の計測は欠かせません。田中陽チームリーダー(研究当時、集積バイオデバイス研究チーム)らは、宇宙などの過酷な状況でも無代謝休眠の状態で生きられる乾燥耐性生物ネムリユスリカ幼虫を用いて、生物生存に適した環境での覚醒時の動きを電気的に捉えて環境センシングする生存圏探索デバイスを開発しました。 続きを読む

Tanaka Y, Ma D, Amaya S, et al. iScience 25, 104639 (2022)


細胞の力覚異常が単眼症を引き起こす

2022年7月14日

ソニックヘッジホッグ(SHH)と呼ばれる遺伝子の欠損した脊椎動物では、最も重篤な場合には、単眼症と呼ばれる顔の中央に眼が一つしか形成されない奇形が生じます。これまでの研究では、SHH遺伝子により制御される細胞増殖や細胞分化の空間パターンの異常に焦点が当てられてきましたが、形態異常が生じる物理的プロセス、つまり細胞集団の動きや組織変形を通じた形作りの過程、あるいは組織内応力との関係性についてはほとんどが未解明のままでした。森下喜弘チームリーダー、大塚大輔 上級研究員(発生幾何研究チーム)らは、周囲からの「力」を感じ応答する細胞の能力(力覚)の異常が、脊椎動物の単眼症を引き起こすことを発見しました。単眼症以外の先天性奇形の発症も、同様に細胞の力覚異常による可能性は十分に考えられ、奇形の原因遺伝子と形態異常の間をつなぐ、物理プロセスの理解が進むことが期待できます。 続きを読む

Ohtsuka D, Kida N, Lee SW, et al. Sci Adv 8, eabn2330 (2022)