卵で増えないサメ、植物と糸状菌の生存競争、遺伝子の読み取りを終わらせるメカニズム、細胞死を引き起こすサヨナラ遺伝子、体づくりの左右非対称性を決める「力」、細胞の“顔つき”から“調子”を見抜くなど。
2022年11月から2023年4月までのプレスリリースと論文ニュースからご紹介します。
卵で増えない胎生のサメも卵黄遺伝子を持つ
2023年3月28日
軟骨魚類(サメ・エイ類)の半数以上は胎生で繁殖し、胎内の胚が卵黄の栄養で発生するものから、母体からの栄養供給に依存するものまでさまざまなタイプが存在しますが、卵生も含めた多様な繁殖様式の間の分子レベルの比較はほとんど行われていません。工樂樹洋チームリーダー、大石雄太 大学院生リサーチ・アソシエイト(
分子配列比較解析チーム)らは、ヒトを含む哺乳類が胎生を獲得する進化の過程で失った「卵黄タンパク質を作る遺伝子」が、胎生のサメ類で保持されており、母体内の胚への栄養供給に寄与している可能性を明らかにしました。
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Ohishi Y, Arimura S, Shimoyama K, et al. Genome Biol Evol 15, evad028 (2023)
極めて複雑な合成医薬分子に短寿命核種を導入
2023年3月14日
抗がん剤エリブリンは現在、乳がん及び悪性軟部腫瘍の治療薬として用いられています。また近年、悪性度の高い脳腫瘍についても有効性が示唆されています。しかし、体内に投与したエリブリンが脳にどの程度集積するかについては、まだよく分かっていません。今回、丹羽 節 副チームリーダー、細谷孝充チームリーダー(
分子標的化学研究チーム)、田原 強 研究員、崔 翼龍チームリーダー(
生体機能動態イメージング研究チーム)らは、極めて複雑な化学構造のエリブリンに寿命の短い陽電子放射核種である炭素11を導入する手法を確立しました。本手法で標識されたエリブリンを脳腫瘍モデルマウスに投与し、PETイメージングを行ったところ、エリブリンが脳のがん組織に集積する様子を可視化することに成功しました。
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Unolt M, DiCairano L, Schlechtweg K, et al. Am J Med Genet A 173, 135-142 (2017)
翻訳阻害剤を介した、植物と糸状菌間の生存競争
2023年2月28日
翻訳阻害剤は、タンパク質の合成を妨げることで、細胞の機能を阻害する分子です。アグライア(和名:樹蘭)と呼ばれる植物が産生する翻訳阻害剤は、抗菌剤や抗がん剤、新型コロナウイルス感染症の治療薬候補として注目されています。また、アグライアは翻訳阻害剤を、菌類感染からの防御に利用していると考えられていました。今回、伊藤拓宏チームリーダー(
翻訳構造解析研究チーム)らの研究グループは翻訳阻害剤による防御をすり抜けてアグライアに感染する糸状菌を新たに発見しました。この糸状菌の翻訳装置は翻訳阻害剤が結合できないように変異しており、それによって翻訳阻害剤への抵抗性を獲得していることが分かりました。本研究成果は、多大な作物被害をもたらす糸状菌の薬剤抵抗性メカニズムの理解と、抗菌性物質を利活用した医薬・農薬開発に貢献すると期待できます。
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Chen M, Kumakura N, Saito H, et al. eLife 12, e81302 (2023)
遺伝子の読み取りを終わらせるメカニズム
2023年2月9日
RNAポリメラーゼ(RNAP)は巨大なタンパク質複合体で、DNA上の遺伝情報をRNAへと転写する役割を担っています。転写の最終段階で、転写中のRNAPはRNA合成を停止し、鋳型DNAおよび新生RNAを解離します。この過程は「転写終結」と呼ばれ、遺伝子の末端や境界を正確に決定し、遺伝子発現を適切に制御するために重要です。関根俊一チームリーダー、村山祐子 研究員(
転写制御構造生物学研究チーム)らは、転写中のRNAPに、転写終結を促進する転写終結因子が結合した複合体の立体構造を、クライオ電子顕微鏡を用いた構造解析により明らかにしました。
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Murayama Y, Ehara H, Aoki M, et al. Sci Adv 9, eade7093 (2023)
細胞死を引き起こすサヨナラ遺伝子
2023年2月2日
動物の体を構成する細胞には、組織の維持・形成や細胞のがん化などを防ぐ仕組みとして、「細胞死」という現象が知られています。これまで、線虫・ショウジョウバエ・哺乳類(マウス・ヒト)を用いた研究によって、細胞死の分子機構の解明が進められてきました。その結果、線虫・ショウジョウバエ・哺乳類では、細胞死の起こる仕組みは基本的に似ているものの、ショウジョウバエにだけはある種の重要な遺伝子が見つからないことが指摘されていました。ユ・サガン チームリーダー、池川 優子 大学院生リサーチ・アソシエイト(
動的恒常性研究チーム)らは、過去20年以上にわたってショウジョウバエには存在しないと考えられていた細胞死を引き起こす遺伝子を発見し、「サヨナラ遺伝子」と命名しました。
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Ikegawa Y, Combet C, Groussin M, et al. EMBO J 42, e110454 (2023)
体づくりの左右非対称性を決める「力」の発見
2023年1月12日
ヒトやマウスの体内では、心臓が左側、肝臓が右側など、内臓は左右非対称に配置されています。この左右非対称性が現れるきっかけは、初期胚の腹側に一過的に形成される「ノード」と呼ばれるくぼみ(トップ画像)において、「左側を決めるシグナル」が活性化されることです。ノードは水を入れたお椀のような構造をしていて、お椀の中では体液が左向きに流れています(ノード流)。お椀の縁には不動繊毛が生えていて、アンテナの役割を担っています。不動繊毛は何らかの方法でノード流を感知し、ノード流の下流側でのみ、左側を決めるシグナルが活性化されます。濱田博司チームリーダー、加藤孝信 基礎科学特別研究員、岡田康志チームリーダー、岩根敦子チームリーダーらはマウス胚において、光ピンセットや超解像顕微鏡など独自の先進的な光学顕微鏡を用い、物理的解析を行うことで、ノードで生じる左向きの体液の流れにより、ノードの左側の不動繊毛は腹側に曲げられ、右側の不動繊毛は背側に曲げられること、不動繊毛は腹側への曲げのみに反応するため、ノードの左側のみで左側を決めるシグナルが活性化する、つまり不動繊毛がノード流の力を感知して活性化されることを明らかにしました。
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Katoh TA, Omori T, Mizuno K, et al. Science 379, 66-71 (2023)
細胞一つずつの“顔つき”から“調子”を見抜く
2022年12月27日
組織や細胞集団を構成する細胞には、一見同じように見えても実は多様な種類や状態があることが分かってきています。細胞の種類や状態を客観的に決定することは研究において重要であり、近年、画像を基にしたAI解析(深層学習)が注目されてきています。金坚石(ジン・ジャンシ)上級研究員、城口克之チームリーダー(
細胞システム動態予測研究チーム)らは同一細胞について画像取得と網羅的遺伝子発現解析を実現するため、細胞分取ロボットを開発しました。このロボットで観察・単離した1,000個以上の細胞の遺伝子発現状態を、次世代シークエンサーを用いて決定しました。さらに、これらの細胞画像と遺伝子発現状態の関係をAI解析(深層学習)を用いて抽出し、画像や動画から細胞の種類や状態を推定することに成功しました。
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Jin J, Ogawa T, Hojo N, et al. Proc Natl Acad Sci U S A 120, e2210283120 (2023)
植物が根から鉄を吸収する機構の解明
2022年12月5日
植物は成長に必要な鉄を根から吸収しますが、アルカリ性不良土壌では鉄は水に溶けにくくなり鉄の吸収が著しく阻害されます。一方、イネやムギが根から分泌するムギネ酸は土壌中の鉄イオンを可溶化する性質があり、鉄の取り込みを促進します。山形敦史 上級研究員、白水美香子チームリーダー(
タンパク質機能・構造研究チーム)らはイネ科植物が土壌中のムギネ酸鉄を吸収する機構を、トランスポーターの立体構造解析に基づいて解明しました。本研究は全陸地の約3分の1を占めるアルカリ性不良土壌の改善に向けた、ムギネ酸やその類縁体を用いた次世代肥料の開発に貢献すると期待できます。
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Yamagata A, Murata Y, Namba K, et al. Nat Commun 13, 7180 (2022)
細胞のマイクロ環境を操作
2022年11月17日
生体内の細胞はさまざまな物質を分泌し、細胞組織に応じたマイクロ環境を形成することが知られています。マイクロ環境はがんの発生などにも関与することから、培養細胞とマイクロ流体デバイスを用いた実験系の確立が試みられています。しかし従来の手法では、マイクロ環境の液体操作を行う際に培養中の細胞を狭い空間に閉じ込めるため、細胞の分泌物産生への影響が課題でした。太田亘俊 研究員、田中 陽チームリーダー(
集積バイオデバイス研究チーム)らは、複数のガラスキャピラリーを組み込んだマイクロ流体デバイスを用いて、数百万個の培養細胞のうち、数個~2,000個の細胞のみを化学刺激する手法を開発し、少数細胞周辺のマイクロ環境の制御が可能であることを実証しました。
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Ota N, Tanaka N, Sato A, et al. Anal Chem 94, 16299-16307 (2022)
安全な心臓血管手術のための人工冬眠の可能性
2022年11月14日
大動脈手術など循環停止を必要とする心臓血管手術においては、手術中の虚血による術後の臓器機能不全が問題となっています。特に、急性腎障害は術後の主要な合併症であり、死亡率の上昇と関連します。循環停止中の臓器保護法として、20℃以下の超低体温による低代謝誘導が用いられていますが、低体温は術後の出血や感染症のリスクを高める可能性があります。今回、升本英利 研究リーダー(臨床橋渡しプログラム・
心疾患iPS細胞治療研究)、砂川玄志郎 上級研究員(研究当時
老化分子生物学研究チーム、現
冬眠生物学研究チーム チームリーダー)は、砂川 上級研究員らが2020年に報告した非冬眠動物への冬眠様状態(低代謝状態)の誘導が、循環停止時の腎臓保護効果を示すか検討しました。その結果、低代謝状態を誘導した腎臓虚血モデルマウスでは、低体温にしなくても腎機能障害を部分的に予防できることを明らかにしました。
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Kyo S, Murata K, Kawatou M, et al. JTCVS Open 12, 201-210 (2022)