新しい寿命研究のモデル生物
今回お話を聞いたのは、以前線虫を使った寿命研究のお話をお聞きした宇野さんと同じ研究室の髙橋さん。今回もやっぱり寿命の話だけど、研究に使っているのはキリフィッシュという熱帯魚のようで…。キリフィッシュってどんな魚?というところから聞いてみます。
キリフィッシュとは?
今は短命魚のキリフィッシュを用いて研究をしています。
短命魚。命が短いってことですか?
そうです。野生ではアフリカ南部、ジンバブエあたりの雨季と乾季がある地域に住んでいる魚です。雨季にだけできる水たまりみたいなところで生きているんです。
え?じゃあ、乾季になったら死んじゃうじゃないですか。
なので、乾燥に強い卵を産むんです。卵は土の中で乾燥に耐えながら乾季を過ごして、雨季がやってきたらばんざい!ということですぐに孵化して、素早く大人になって、卵を産んで、自分は死んでいく。そういうサイクルで生きている魚なんです。なので、進化的に寿命が短くなったと言われています。
親個体としては、雨季の期間しか寿命がないってことですね。
そうですね。その短い期間でちゃんと老化もしていきます。現在研究によく使われる脊椎動物でいえば、マウスは2-3年、ゼブラフィッシュは3-5年生きます。それに対してこの魚は寿命が4-6カ月なので、脊椎動物のモデル生物の中では一番寿命が短いんです。
そうか。他の寿命が短いモデル生物は昆虫とかですもんね。
2015年にはゲノム解読も行われて、老化・寿命研究の良いモデル生物として注目されるようになりました。
じゃあ、ほんとに新しいモデル生物なんですね。
はい。飼い方のプロトコルなんかも、まだ確立途上なんです。実際にキリフィッシュを使って老化・寿命研究を始めるにあたっては、文献を調べたり、実際に飼育している研究室を見学させて頂いたりしながら、私自身で飼育システムやプロトコルを考えて、系を立ち上げるところからスタートする必要がありました。
キリフィッシュの飼育
そもそもなんでキリフィッシュに興味を持ったんですか?
西田チームリーダーから、理研でキリフィッシュを用いた老化・寿命研究を立ち上げてみないか、というお声がけを頂いたのがきっかけです。それまでは、受精卵から体ができていく過程に興味があり、胚発生研究を行っていましたので、オファーを受けるか正直迷いもありました。ですが、短命を生かしたおもしろい研究にチャレンジできそうだという期待感と、立ち上げからプロジェクトを私に任せて頂けることや、これまでとは異なる分野で研究を行うことに対する高揚感も同時に感じました。なので、思い切ってキリフィッシュの導入に挑戦してみようと思ったんです。
餌は何なんですか?
野生では昆虫の幼虫、ミミズ、動物プランクトンなどを食べているようですが、私たちの研究室ではブラインシュリンプの幼生と釣り餌とかでよく使うアカムシを使っています。でも、稚魚の間は顎が発達していなくてアカムシを食べられないので、ブラインシュリンプの幼生のみをあげています。
卵はどう扱っているんですか?乾くことが前提で卵ができているわけじゃないですか。でも普通に飼うとずっと水の中にいますよね?
私たちの研究室では、最初は卵を培養液中で育てて、黒目ができてくるくらいの発生ステージになったら、半乾燥状態にするために腐葉土へ乗せ換えて、インキュベーターの中で育てています。
なるほど。乾季っぽくしてやるわけですね。
孵化できる状態まで育ったら、次は腐葉土に含まれるフミン酸という物質を溶かした液を入れた50mlチューブに卵を移してやって、雨季が来たよって感じで、思いっきり振ります。
振るの?振る必要があるんですか!?
他の研究者のプロトコルを参考にしているんですが、スコールが来た状態を再現するんじゃないかな、と思っています。卵が酸素と液体の両方に同時に接することが孵化のキーになっているんじゃないか、みたいなことを言っている人もいます。
どのくらいの期間、卵を土の上で半乾燥状態にするんですか?
短いとだいたい10-14日ですね。そのくらいで孵化できるステージまで発生が進みます。その後、腐葉土の状態にもよりますが、その半乾燥状態で1カ月くらいは保存できます。
土の上で1カ月保存している間は、卵はどういう状態で生きているんですか?
休眠状態になっています。実は、受精卵から体が出来上がるまでに休眠できる発生ステージがいくつかあるんです。だから野生のキリフィッシュが乾季の間は卵で過ごすというのも、その休眠できるステージで発生が一時停止して休眠している状態なんです。でも休眠の詳しい機構はまだあまりわかっていないですね。
野生ではこの乾季が6-8カ月くらい。でも室内での飼育時に乾季に相当するのは10日くらいだったら、土の上での乾燥ステップをスキップしても良いような気もしますね。
スキップしないのには理由があるんです。私の実験上、だいたい100個以上の卵を用意して、一斉に孵化させる必要があります。ですが、キリフィッシュは少産なので、1日に大量の受精卵を得られないんです。なので、だいたい1週間分の卵をまとめて使用するのですが、そのままだと受精日が異なるので孵化日がバラバラになってしまいます。そこで、発生途中で半乾燥状態にして、孵化できるステージにまで育った卵から順に休眠させます。そうすると、必要な卵の数が揃った時点で、一斉に孵化させることができます。また、私たちの飼育環境では、1回乾かしてあげる期間があったほうが、元気に育つ感じだったので、今は乾燥ステップを入れるプロトコルにしています。
飼育システムなど、系の立ち上げだけでも結構時間がかかりそうですね。
2018年に理研に来てから設計をいろいろ相談して、半年後に工事が始まりました。2018年の12月くらいにようやくキリフィッシュ部屋ができて、そこから飼育方法をいろいろ試行錯誤しました。たくさんの方々にご助言・ご協力いただいたおかげで、時間はかかりましたが無事に系を立ち上げることができたんですが、本格的な実験へ移行するぞという前後に新型コロナウイルスの感染拡大が起こり、実験は約半年中断してしまいました。
その間は卵で乾燥保存していたんですか?
継代のための飼育だけはOKだったので、最小限の数で維持していました。
キリフィッシュの卵は凍結保存はできないんですか?
胚や卵子の凍結報告に関する報告は、今のところないですね。精子の凍結保存方法の論文は発表されているのですが、受精率が25%程度なので、まだそこまで効率がよくなさそうなんですよね。これから先、さらに効率の良い精子の凍結保存や人工授精の方法が確立されたり、ストックセンターができたりするといいなと思っています。
寿命の変化を調べる実験
キリフィッシュを使ってどんな老化・寿命研究をしているんですか?
今は稚魚を飼育する環境条件が、稚魚の成長や発達、その後の成魚の寿命とかにどう影響するのかということを研究しています。
なぜ老化や寿命以外の稚魚の段階の側面も見ているんですか?
以前私は受精卵から体ができていく胚発生の過程を研究対象としていたこともあり、寿命が短いキリフィッシュで老化・寿命研究するなら、稚魚から成魚になるまでの成長・発達過程と老化・寿命との関連に注目したいと思ったんです。寿命が短いと、稚魚の成長・発達期から老年期までの全ライフステージを短期間で解析できる、という利点があるので。それに、近年、胎児や幼児などの成長・発達期の環境条件が成人期の健康や疾病リスクと関連するという研究報告も相次いでいましたし。私たちのこれまでの研究で、稚魚の成長速度と寿命の意外な関係性を示す稚魚の環境条件を見出しつつあります。また、その研究の中で、トランスクリプトーム解析といって、全遺伝子の発現量を網羅的に調べるということもやっていたりとかします。
一つの個体を追跡するのって結構難しくないですか?
魚の場合、個体追跡する解析には尻尾を切る方法がよく使われます。特に若い時はちゃんと再生するので。ただ、私たちは全身やある臓器を対象にしているので一個体での追跡はせず、最初にたくさんの魚を用意しておいて、目的の年齢になったら、順に数匹ずつサンプリングしています。
食事制限している方が長生きするというような話は時々聞くんですけど、キリフィッシュは、餌を少なくしたほうが長生きですか?
長生きです。そういう論文がすでに発表されています。
1日2回の餌を毎日与えるところを1日おきに減らすと、その論文では寿命が10%強伸びていますね。食事制限以外の他の要因でも、寿命の変動は報告されていて、伸び率はおよそ10-40%で、短縮率は約20%ぐらいですね。
寿命が伸びるとか、短くなるというのはどうやって評価するんですか?
寿命曲線に差があるかどうかを調べるにはログランク検定など生存時間解析用の検定方法を用いて統計解析を行います。
そうか。曲線の形自体が変わってしまうこともあるし、形自体はそんなに変わらないけど下がるタイミングが違うとか、ありますもんね。ギューッと減るけど、長生きのやつは実はずっといるみたいなときもありますよね、きっと。
なので、結果は統計解析を行なってきっちり検定していますよ。
編集後記
なんでわざわざ新しいモデル生物を?とも思いましたが、それなりの理由があるんですね。確かに、線虫やハエでもわかることがたくさんあるとはいえ、やっぱりそれなりに近い脊椎動物というのがポイントですね。でもゼブラフィッシュやネズミは結構長生きだし、寿命の研究をネズミでやってたら、あっという間に10年くらい経ってしまいそう…。