心のままに、心臓の研究に邁進する坂口さんからご紹介いただいたのは、神経の研究をしている内田さん。神経の研究ってざっくりしすぎていてよくわからないなぁ……ということで、たくさん解説していただきました。今回は結構授業っぽいです。

まずは、神経系の大分類から…

僕は、遠心性の交感神経の研究をしているんですけど、それで伝わります?

交感神経しかわからんとです…。

了解です。ちょっと基本に立ち戻ってお話ししますね。神経は臓器と接続していて、情報を伝達して様々な生体の応答を制御しています。神経は大きく分けて、脳と脊髄からなる中枢神経と末梢神経に分かれます。末梢神経というのは臓器に直接結合する神経系です。この末梢神経の中には、脳神経と脊髄神経とあと神経節が含まれています。

あれ?末梢神経の中に脳神経があるんですか?中枢神経じゃなくて?

そうですね。なんか変な感じですが、脳の中には直接臓器に出入りする神経があって、これらが脳神経と呼ばれていて、末梢神経と分類するんです。ちなみに、脳神経は12種類あって、視神経とか嗅神経、あとは内耳や、目、舌を動かすというような仕事をしています。

一方で、脊髄神経というのは、脊髄から臓器や神経節に行く神経のことです。
脳と脊髄で構成される中枢神経系と筋肉、心臓、褐色脂肪組織などの臓器へとつながる末梢神経系のイラスト

へぇー。そうなんだ。

末梢神経もいろいろある…

末梢神経には、さらに二つの分類方法があって、一つは方向です。遠心性と求心性があります。遠心性は中枢から末梢へと向かう神経で運動神経という言い方もします。求心性は末梢の情報を中枢に伝える役割を担っていて、感覚神経とも呼ばれます。

それは、わかりやすい。

遠心性神経はさらに体性神経系と自律神経系という2つに分けられます。自律神経系はさらに交感神経系と副交感神経系に分けられます。遠心性の体性神経系というのは、骨格筋を動かす神経なので、意識でコントロールできます。

一方で、自律神経ってよく聞くとは思うんですが、こちらは意思とは関係ないところで臓器を制御します。代表的なものとして心筋、血管の平滑筋や、熱産生を担う褐色脂肪組織などを制御しています。例えば腕の筋肉は自由自在に動かすことができますが、心臓の筋肉の収縮具合を意識的に調整することなんてできないですよね。あるいはちょっと熱を作ろうと思っても褐色脂肪組織は、意識でコントロールできないわけです。

おおー。褐色脂肪組織。脂肪を燃やして熱を作る組織ですよね。脂肪を燃やす量を意識的にコントロールできたら痩せそう!

うまくコントロールできないと痩せすぎちゃうかもしれませんけどね。そして、僕が今まさにやっているのが、この褐色脂肪組織を制御している交感神経なんです。つまり僕が研究しているのは、遠心性の交感神経、というわけです。

急に盛り上がってきました。

体性細胞の連結はシンプル

実は、体性神経と自律神経では、中枢つまり脳から臓器に至るまでの信号の送り方が異なっているんです。体性神経では、中枢神経で生じた刺激が脊髄の運動ニューロンによって筋肉まで1本で伝えられます。

え?ってことは、例えば腕の筋肉を動かす神経細胞の軸索は、60cmくらいはあるってことですか?

そうですね。大脳皮質から腰髄の運動ニューロンまでいく神経細胞は1m以上のものもあります。

マジか。神経細胞、えぐいな。

大脳皮質では、どのエリアがどの筋肉を担当するのかというのは、おおよそわかっています。その担当範囲を脳のイラストにマップすると手や口が大きい小人が描かれているように見えて、ホムンクルスと言われています。実際には運動ニューロンに送られる指令は様々な脳領域がかかわって形成されるんですけどね。

ホムンクルス、聞いたことありますね。

自律神経は1対1じゃない

一方で、自律神経はそこまでわかっていません。中枢からの信号を受けた一次ニューロンが脳幹から出発して、まず脊髄の節前ニューロンに接続して、そこから神経節の節後ニューロンに乗り換えてようやく臓器に辿り着く、と考えられています。この神経節で連絡しているというのが、自律神経の神経支配の特徴です。

神経節ってなんですか?

末梢神経の細胞体が集まったものです。胸部の交感神経節はボコボコとひょうたんのような形になっています。そこで信号の乗り継ぎが起きています。ですが、血管や心筋、褐色脂肪組織に投射する交感神経を一斉にオンにするようなシステムがどこかにあるのか、あるいは、個別に制御するシステムなのか、ということはよくわかっていませんでした。

特に交感神経の方は、1対1関係じゃなさそうですね。

まさにその通りで、緊張した時や恐怖を感じた時などは全身の臓器を支配する交感神経が一斉に活発になるので、1対多で制御している領域があってもよさそうです。特に細胞レベルになると、どの臓器に接続しているのか見分けるのが難しいです。もちろん、細胞を見ること自体はできるのですが、どの神経がどこにどのように繋がっていて、ということを明らかにするのは難しいですね。

長そうですからね。顕微鏡の視野に収まりきらないですよね。

神経細胞の繋がりを可視化

蛍光標識を利用して臓器へつながるニューロンを逆にたどり、脳のどこに繋がっているかを明らかにする実験の模式図
ですが、最近はどことどこが繋がっていそうか、ということはだいぶわかってきました。

どうやって観察するんですか?

神経細胞を蛍光物質で標識するんです。その時に、特定の神経細胞だけが標識されるように工夫しておきます。そうすると、例えば心臓側で標識を導入された神経細胞が、神経節のどこで光っているかというのを見てやれば、その部分は心臓から来ている神経細胞だ、というのがわかるわけです。

にゅーっと長い軸索まで染まるんですね。でも、神経節で乗り換えるから、その上流はわからないわけですよね。

そこで、さらに細工をしてあって、接続している神経細胞を遡れるようにしてあるんです。

シナプスの隙間を逆流するってことですか。すごいな。

実際の画像

熱産生のカギは神経とミトコンドリア

ようやく僕の研究の内容になるんですが、僕は熱産生を制御する神経回路を明らかにするというのをやっています。

遠心性の交感神経でしたね。

褐色脂肪組織は熱産生を担っているんですけど、これは「非ふるえ熱産生」とも呼ばれています。

あ、そうか、筋肉をふるわせても熱はできるから。

褐色脂肪細胞では、ミトコンドリア内膜に特異的に発現しているタンパク質が、ATPの代わりに熱を産生します。褐色脂肪細胞に交感神経の節後ニューロンから刺激が入ると、細胞内の中性脂肪が分解されて脂肪酸ができ、この特異的なタンパク質を活性化します。

ミトコンドリアっていうと、ATPを作るイメージですけど、ここでは違うアウトプットをするんですね。

熱産生がさかんに行われる局面としては、病気になった時の発熱があります。視床下部にあるニューロンが「信号」を受け取って、脳幹から節前ニューロンと節後ニューロンを経由して、発熱すると考えられています。ちなみにこの最初の「信号」をブロックするのがいわゆる解熱剤です。

一方、私が博士課程で師事した筑波大学の櫻井武先生と、理研BDRで人工冬眠の研究をしている砂川先生たちのグループは、この「信号」を受け取るニューロンともオーバーラップする特定のニューロンを人為的に興奮させると、逆に冬眠のような低代謝状態になることを明らかにしています。

冬眠は、体温を下げたいですもんね。

だから、発熱の時はそのニューロンがむしろ抑制されているんじゃないか、という感じなんです。普段は熱を下げるニューロンを抑制することで熱を上げる、という制御方式かもしれない。

今は、そのあたりの神経をいろいろ標識して、神経節のスライスを作って観察して、というのを積み上げてデータ化しているところです。

そうすることで、全体像が見えてくるだろう、と。

どうも、交感神経の節後ニューロンの中には、褐色脂肪細胞を制御する専門家のようなニューロンがいて、それが各所に散らばっている褐色脂肪組織をコントロールしているんじゃないか、というところまでわかってきました。さらにそれらのニューロンを操作したり、もっと上流の脳幹側のニューロンの活動動態を観察したりすることで、発熱や冬眠のような低代謝状態における褐色脂肪組織の神経制御を明らかにしようとしているところです。

スーパーダイエット法、楽しみにしてます(笑)。

研究者のイラスト

編集後記

神経のことをガッツリ基礎から教えてもらったので、だいぶわかった気がします。自律神経という単語はいろんなところで聞くものの、やっぱり解明していくことがまだまだあるんですね。きっと免疫系や腸内細菌叢なんかとも関係ありそうな気がしますね。Gut’s feelingって、実は正しいんじゃないかと個人的には思っています。