細胞小器官の形成、染色体の分配異常、腸内細菌叢の変化、蚊は腹八分目を知る、手足の再生能力、抗てんかん薬、汎コロナウイルス薬剤など。
2024年4月から2024年7月までのプレスリリースと論文ニュースからご紹介します。
タンパク質凝集のコード解読
2024年7月23日
生物の細胞内には、さまざまなタンパク質でできた小さな構造(細胞小器官)が存在します。中には、ミトコンドリアのように膜で囲まれたものだけでなく、膜を持たないタンパク質凝集体も多く見られますが、これらがどのように形成されているのかはよく分かっていませんでした。足立景亮 研究員、
川口喬吾チームリーダー(生体非平衡物理学理研白眉研究チーム)らは、タンパク質の集まりやすさをアミノ酸配列から予測する理論を提案し、異なるタンパク質凝集体が混ざらずに共存するための配列ルールを明らかにしました。
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Adachi A, Kawaguchi K. Phys Rev X 14, 031011 (2024)
卵子の老化で小さな染色体が正しく分配されない原因
2024年7月19日
卵子が正常に機能するためには、減数分裂という過程で染色体が正しく分配されることが重要です。しかし、特に小さな染色体は分配に異常が起こりやすく、これが流産やダウン症などの先天性疾患の原因になることがあります。竹之内修 基礎科学特別研究員、榊原揚悟 基礎科学特別研究員、
北島智也チームリーダー(染色体分配研究チーム)らは、生きた細胞内で個々の染色体を見分ける技術を開発し、その動態を追跡することに成功しました。マウス卵母細胞の染色体の動きを解析した結果、老化した卵母細胞では小さな染色体が紡錘体の内側に配置されるため、分配異常を起こしやすいことを発見しました。
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Takenouchi O, Sakakibara Y, Kitajima TS. Science 385, eadn5529 (2024)
マーカー遺伝子を用いた細菌叢解析法のおよそ50年の歴史を俯瞰
2024年7月19日
複雑な生態系を理解するためには、そこに存在する生物種やその量を正確に把握することが重要ですが、細菌のように微小な生物の場合は「DNAを数える」手法が有効です。
城口克之チームリーダー(細胞システム動態予測研究チーム)らは、細菌が構成する生態系「細菌叢」をDNAで解析するための技術開発の歴史を俯瞰し、研究チームが2022年に開発した「BarBIQ法」などの新しい計測技術による精密な細菌叢解析が、今後の生命科学研究に与えるインパクトを論じます。
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Jin, J., Liu, X. and Shiroguchi, K. iMetaOmics e9 (2024)
蚊は腹八分目を知る
2024年6月21日
蚊は宿主の血液中のシグナルを受け取ることで吸血を継続し、通常、満腹になる前に適当なタイミングで吸血を止めますが、その停止のメカニズムはよく分かっていませんでした。佐久間知佐子 上級研究員(
栄養応答研究チーム)らは、哺乳類の血液が凝固する際に産生されるフィブリノペプチドAが、吸血と共にネッタイシマカの体内で蓄積し、吸血を停止させるシグナルとして働くことを発見しました。この成果は、蚊の吸血行動の仕組みの理解を深め、感染症対策法の開発に役立つと期待されます。
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Sakuma C, Iwamoto T, Masuda K, et al. Cell Rep 43, 114354 (2024)
アロステリック調節薬が構造平衡を変えて効く仕組み
2024年5月13日
Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は、細胞外のシグナルを細胞内に伝達する重要な膜タンパク質で、新薬開発の主要な標的分子となっています。近年、注目されているのが、GPCRの基質結合部位とは異なる部位に結合してその活性を増強する「アロステリック調節薬」です。
嶋田一夫チームリーダー、今井駿輔 上級研究員(生体分子動的構造研究チーム)、
白水美香子チームリーダー(タンパク質機能・構造研究チーム)らは、GPCRの一種であるμオピオイド受容体が、アロステリック調節薬により活性化されるメカニズムを、超高磁場核磁気共鳴(NMR)装置を用いた溶液NMR法とクライオ電子顕微鏡法を使って解明しました。今後、GPCRを標的とした、既存薬より高い薬効を有する医薬品の開発に貢献すると期待できます。
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Kaneko S, Imai S, Uchikubo-Kamo T, et al. Nat Commun 15, 3544 (2024)
RNAの高次構造をほどく分子機構
2024年4月25日
RNAが折り畳まれて作られる高次構造は、翻訳速度やRNA結合タンパク質との相互作用、RNAの細胞内局在などを制御しています。この高次構造の形成と解消を担うRNAヘリカーゼの一種DDX3Xがうまく機能しないと、がんの一種である髄芽腫などの疾患につながることが知られています。嶋田一夫チームリーダーと外山侑樹 研究員(生体分子動的構造研究チーム)らは、溶液核磁気共鳴分光法を用いた実験で、DDX3Xが特に1本鎖RNAに優先的に結合して安定化し、この結合を通じて複雑なRNAの高次構造をほどくメカニズムを明らかにしました。この発見は、髄芽腫などの疾患メカニズムの理解や新しい治療法の開発に貢献すると期待されています。続きを読む
Toyama Y, Shimada I. Nat Commun 15, 3303 (2024)
手足の再生能力を取り戻す発生再起動制御因子を発見
2024年4月22日
カエルは、幼生期には四肢(手や足)を再生できる高い再生能力を持つ一方、成体になるとその能力が低下します。この再生能力の経時的な変化の仕組みは、これまで解明されていませんでした。
森下喜弘チームリーダー、川住愛子 学振特別研究員RPD、李尚雨 技師(発生幾何研究チーム)らは、比較トランスクリプトーム解析によって四肢の正常発生には関与しない
hoxc12および
hoxc13遺伝子が四肢再生時に特異的に発現することを発見しました。さらに、これらの遺伝子の発現を抑制すると四肢の再生が阻害され、過剰発現させると成体の四肢再生能力も部分的に回復できることを示しました。この成果は、ヒトを含む哺乳類の再生能力を向上させる手法の探索につながると期待できます。
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Kawasumi-Kita A, Lee SW, Ohtsuka D, et al. Nat Commun 15, 3340 (2024)
抗てんかん薬が効く仕組みを解明
2024年4月18日
てんかんは人口の約1%が発症する神経疾患で、抗てんかん薬により発作を抑えることで日常生活が可能となっています。山形敦史 上級研究員と
白水美香子チームリーダー(タンパク質機能・構造研究チーム)らは、抗てんかん薬レベチラセタムとその標的であるシナプス小胞糖タンパク質2Aの複合体の立体構造をクライオ電子顕微鏡を用いて解析し、抗てんかん薬の作用機序を解明しました。この成果は、新たな抗てんかん薬の開発や、脳内シナプス密度を可視化するPETプローブの設計に大きく貢献すると期待されます。
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Yamagata A, Ito K, Suzuki T, et al. Nat Commun 15, 3027 (2024)
SARS-CoV-2の転写開始の鍵となるRNA構造を同定
2024年4月15日
SARS-CoV-2やMERSを含むベータコロナウイルスのRNAゲノムの3′非翻訳領域は2つの異なる立体構造(ステムループ構造とシュードノット構造)を形成し、構造が切り替わることで転写(RNAゲノムの複製)が始まるという仮説が提唱されています。今回、大山貴子 研究員と
石井佳誉チームリーダー(先端NMR開発・応用研究チーム)らは、これまで実験的に確認されていなかったシュードノット構造が形成可能であることを示し、高磁場核磁気共鳴を用いてその構造を原子レベルで解析しました。ベータコロナウイルスに共通するシュードノット構造は、「汎コロナウイルス薬剤」の開発につながる新たな創薬ターゲットとして期待できます。
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Ohyama T, Osawa T, Sekine SI, Ishii Y. JACS Au 4, 1323-1333 (2024)