理研BDR-ダイキン工業連携センター
BDRに設置されている企業との連携センターの一つ、「理研BDR-ダイキン工業連携センター」では、空調システムメーカーであるダイキン工業株式会社と、人の疲労について研究するBDRの研究者がそれぞれの知見や技術を提供しあって、疲労を軽減する快適で健康な空間、「抗疲労空間」の実現に向けた共同研究を進めています。今日は、同連携センターの水野 敬ユニットリーダー(健康指標ユニット、トップ写真・左)と渡辺 恭良ユニットリーダー(健康ソリューションユニット、連携センター長兼任、トップ写真・右)に、連携センターでの研究活動について聞きました!
連携センターではどのような研究活動を行っていますか。
私たちは、「抗疲労空間」の実現に向けて、まず温度差などの環境の変化とヒトの疲労との関係を調べています。例えば、日常生活で温度差が大きい場所を行き来すると、気温変化に体が適応しようと自律神経系(生理機能)に負担がかかり、疲労にもつながることが知られています。最近では、政府の省エネキャンぺーンの一環で、夏の蒸し暑い時期でも職場の空調温度を28℃に設定することが推奨されています。しかし、エネルギー消費削減には貢献できる一方、高湿度による不快感などで結果的に作業効率の低下や疲労につながる可能性があります。従来の研究では、快適さなどの主観的な尺度によって空間の温度や湿度の影響が評価されてきましたが、私たちの研究では心理的評価だけではなく、自律神経系や作業効率の測定結果を評価に加えることで、温度や湿度といった環境要因が健康や疲労に与える影響を明らかにすることを目指しています。
どのように研究を行っているのでしょう?
私たちはこの研究のために温度は0.1℃単位、湿度は1%単位で細かく制御できる実験施設を、理研の融合連携イノベーション推進棟(神戸市)内に設置しました。この試験室の中は4つの空間に分けることができ、部屋ごとに温度や湿度を細かく設定することが可能です。例えば、夏の職場空間の温度や湿度がヒトの疲労度や作業効率に与える影響を調べるために、さまざまな温度・湿度の組み合わせを12種類設定し、被験者にはランダムに6種類の空間で集中力を必要とする作業に取り組んでもらいました。各空間での作業効率と心理的な評価を測ると同時に、被験者に装着していた計測装置からは心拍変動のデータなどを収集することで、被験者の健康状態や疲労の度合いを複合的に分析することに成功しました。夏の職場空間で、28℃でも、湿度を下げると疲労の軽減にも有効だと実証したことを、2020年5月にダイキン工業からのプレスリリースで発表しました*1。
今後はこの施設を使って、空気の流れや香り、換気回数などの他の環境要因が健康状態に与える影響についても研究を進めていく予定です。
被験者の協力が不可欠な研究では、新型コロナウイルスによる影響もあったのでは?
予定していた研究計画は後ろ倒しになりましたね。4月上旬に緊急事態宣言が出て理研でも多くの研究活動が制限されました。ゴールデンウィーク明けに予定していた私達の試験も延期となり、実際にようやく開始できたのは9月でした。再開にあたっては、理研の倫理委員会や危機管理対策本部と議論を重ね、新型コロナウイルス感染拡大防止対策を盛り込んだり、試験手順の変更も行いました。一日に参加いただく被験者数も制限したので、研究に必要なデータ収集にさらに時間がかかりましたが、理研とダイキン双方の研究者の頑張りにより、なんとか計画通り進められています。
今回のパンデミックは、短期間で私たちの日常生活を大きく変えましたが、その中で、新型コロナウイルスの感染防止対策の一環として、密閉空間の空気の質や換気についての注目度が高まっています。将来的には、疲れにくく健康な空間を実現する過程で、抗ウイルスという観点からも健康な環境の実現に貢献できないか考える必要があります。
ダイキン工業との連携で何か大事にしていることはありますか?
いわゆる委託研究のようにならないことを心がけています。可能な限りダイキン工業の研究者には実際に研究室に来てもらい、理研内で研究に取り組んでもらうことで、自分たちの研究室だけではなく、理研でどのように研究が進められているかを直接見て学んでほしいと考えています。企業の研究者が理研での学びと経験を通じて新たなスキルを身につけることができれば、長期的にみて企業にとってもプラスになると思います。
*1 「室温28℃でも湿度を下げれば疲労軽減に有効であることを実証 」(2020年5月28日発表)