2021年11月から2022年2月までのプレスリリースと論文ニュースからご紹介します。
細菌一つを見分ける細菌叢計測法の開発
2022年2月22日
ヒトの腸には約100兆個、500~1,000種類の細菌が存在し、腸内細菌叢を構成しています。腸内細菌叢のバランスは腸管免疫に関与するなど健康との関係が注目されていますが、その影響を理解するには、どの種類の細菌が何個存在するかを正確に計測することが重要です。金坚石(じん じゃんし)研究員、山本れいこテクニカルスタッフ、城口克之チームリーダー(
細胞システム動態予測研究チーム)らは、多種・多数の細菌で構成される細菌叢中の個々の細菌を一つ一つ区別して極めて正確に細菌の種類と数を計測する手法を開発しました。これによって、たとえば、ビタミンA欠乏によるマウス腸内細菌叢の微少な変化を捉えることに成功しました。本研究成果は、腸内細菌に関連する病態の理解や診断に貢献するとともに、皮膚、口腔などのさまざまな器官や、土壌、海洋、大気などのさまざまな環境に存在する細菌叢の高精度計測へ発展させることで、幅広い科学分野への応用が期待できます。
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Jin J, Yamamoto R, Takeuchi T, et al. Nature Communications 13, 863 (2022)
機能性の高い移植用網膜組織の開発
2022年1月21日
末期の網膜変性疾患に対する治療として、iPS細胞やES細胞などの多能性幹細胞から分化誘導した視細胞を移植する再生医療に期待が寄せられています。万代道子副プロジェクトリーダー(
網膜再生医療研究開発プロジェクト)らは、特定の遺伝子を欠失させたヒトES細胞から網膜組織を分化誘導して移植に用いることにより、理想に近い生着を可能にする網膜組織を作製できることを明らかにしました(トップ画像)。本研究成果は、網膜変性疾患に対する再生医療において、臨床応用可能な網膜組織の作製につながると期待できます。
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Yamasaki S, Tu HY, Matsuyama T, et al. iScience 25, 103657 (2022)
塩基の代わりに酸を使うクロスカップリング反応
2021年12月22日
鈴木・宮浦クロスカップリング反応は、パラジウム触媒を用いて有機ホウ素化合物と有機ハロゲン化物を連結し、炭素-炭素結合を形成する手法です。本反応の進行には、触媒として用いるパラジウム錯体に加え、有機ホウ素化合物の反応性を高める塩基の添加が一般的ですが、塩基は有機ホウ素化合物の分解も引き起こすため、効率の低下を招くことが問題でした。丹羽節副チームリーダー、細谷孝充チームリーダー(
分子標的化学研究チーム)らは、反応系に塩基を添加しない新しい形式の鈴木・宮浦クロスカップリング反応の開発に成功しました。本反応は、有機化合物を化学合成する基本的な手法の一つとして、医薬品や機能性材料の開発への応用が期待できます。
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Niwa T, Uetake Y, Isoda M, et al. Nat Catal 4, 1080–1088 (2021)
シグナル伝達複合体の2段階活性化
2021年12月13日
Gタンパク質共役型受容体(GPCR)は、細胞外の刺激を細胞内に伝える役割を担う重要な膜タンパク質です。さまざまな生理機能や疾患に関わるため、GPCRを標的とした医薬品の開発が世界中で進められています。嶋田一夫チームリーダー、白石勇太郎研究員(
生体分子動的構造研究チーム)らは、GPCRと細胞内タンパク質であるアレスチンの複合体形成の動的過程を解析し、細胞内へ刺激を伝える新たな仕組みを明らかにしました。本研究成果は、GPCRを標的とした医薬品の作用機序の理解や、副作用の少ない医薬品の開発に貢献すると期待できます。
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Shiraishi Y, Kofuku Y, Ueda T, et al. Nat Commun 12, 7158 (2021)
細胞がグルコース代謝量を制御する巧妙な仕組み
2021年12月7日
生物は呼吸を介して、ブドウ糖からアデノシン三リン酸(ATP)というエネルギー分子を生成します。この反応系は、酸素が欠乏したり、細胞ががん化したりすると、特に活発に働くことが知られています。しかし、こうした細胞内の制御がどのように起こっているかはよく分かっていませんでした。八木宏昌研究員、葛西卓磨研究員、木川隆則チームリーダー(
細胞構造生物学研究チーム)らは、ATPを合成する酵素の一つであるホスホグリセリン酸キナーゼ(PGK)が、細胞内ATP濃度に応じてブドウ糖代謝量を制御していることを発見しました。この結果は、酵素による代謝制御の新たな仕組みを明らかにするとともに、反応が亢進するがん細胞の増殖を抑制する新たな抗がん剤治療の開発や、代謝異常が関わる生活習慣病の改善につながると期待できます。
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Yagi H, Kasai T, Rioual E, et al. Proc Natl Acad Sci USA 118, e2112986118 (2021)
ウイルスによる細胞のストレス応答抑制機構の解明
2021年12月7日
細胞に感染したウイルスは、細胞のタンパク質合成(翻訳)装置を利用して自身のタンパク質を合成し、増殖します。これに対して細胞側はウイルスによる乗っ取りを防ぐため、タンパク質合成を一時的に停止しようとします。こうした機構は統合的ストレス応答と呼ばれウイルス感染時だけでなく、アミノ酸の欠乏などさまざまなストレス環境下で発動します。一方、何らかの理由により神経細胞で統合的ストレス応答が長期化すると、神経細胞死の一因となることが多くの神経変性疾患で報告されています。伊藤拓宏チームリーダー、柏木一宏研究員(
翻訳構造解析研究チーム)らは、宿主細胞のストレス応答を逃れて増殖するウイルスの分子機構を解明し、この分子機構を応用することで神経細胞の変性を抑制できることを示しました。本研究成果は、ストレス応答経路が病態に深く関与している神経変性疾患の治療法の開発につながるものと期待できます。
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Kashiwagi K, Shichino Y, Osaki T, et al. Nat Commun 12, 7102 (2021)
腸内細菌叢の状態を細胞画像から読み解く
2021年12月2日
哺乳類の腸内には、およそ1,000種類にも及ぶ多様な腸内細菌が生息しています。これら腸内細菌からなる生態系を「腸内細菌叢」と呼び、近年のさまざまな研究から、腸内細菌叢の組成は個人差が大きく、ヒトの健康や生活の質に大きな影響を与えることも明らかになりつつあります。古澤力チームリーダー(
多階層生命動態研究チーム)らは、糞便の顕微鏡画像から腸内細菌叢の状態を推定する新たな手法を開発しました。本研究成果は、腸内細菌叢の状態を調べ、その振る舞いを予測しコントロールする技術に応用可能なことから、健康維持や疾患の診断・予防・治療法の開発に貢献すると期待できます。
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Furusawa C, Tanabe K, Ishii C, et al. iScience 24, 103481 (2021)
生命誕生初期のタンパク質を再現する試み
2021年12月2日
タンパク質は生命における最も重要な機能分子ですが、いつどのように地球上に誕生したのかは生命科学における大きな謎の一つです。現生生物は、遺伝情報に従って20種類のアミノ酸が数珠状につながった複雑な構造を持つタンパク質を作っています。しかし、生物誕生の初期のタンパク質は、単純な立体構造の繰り返しや組み合わせで形作られていたと想像されます。そこで、八木創太基礎科学特別研究員、田上俊輔チームリーダー(
高機能生体分子開発チーム)、アディティア・クマール・パディ訪問研究員、ケム・ツァン チームリーダー(
構造バイオインフォマティクス研究チーム)、中川れい子専門職研究員(
分子配列比較解析チーム)らは、生命機能に不可欠で、生命誕生の初期から存在してしたと考えられる原始的なタンパク質構造の一つに注目しました。そして、この構造が、わずか7種類のアミノ酸だけで合成可能であることをコンピュータによる計算と実験によって実証しました。これは、タンパク質誕生のありうるシナリオを提示するものであり、タンパク質と生命の誕生の謎を解くための重要な手掛かりとなると期待できます。
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Yagi S, Padhi AK, Vucinic J, et al. J Am Chem Soc 143, 15998-16006 (2021)
休眠をもたらす遺伝子の探索
2021年11月19日
寒冷期や飢餓などの環境下で、一部の哺乳類は、自ら体温と代謝を下げることでエネルギー消費を抑えて生き延びようとします。この現象を休眠と呼び、数カ月に及ぶ休眠を「冬眠」、数時間の休眠を日内休眠と呼びます。砂川玄志郎上級研究員(
網膜再生医療研究開発プロジェクト)と理研生命医科学研究センタートランスクリプトーム研究チームのオレグ・グセフ客員主管研究員らは、休眠に関わる遺伝子を探索し、転写因子Atf3がマウスの日内休眠に重要な役割を果たすことを発見しました。本研究成果から、休眠研究のモデル動物としてマウスが有用であること、今後さらに休眠メカニズムを解析をすることで、日内休眠や冬眠を人工的に誘導する技術への応用が期待できることが示されました。
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Deviatiiarov R, Ishikawa K, Gazizova G, et al. Commun Biol 4, 1290 (2021)
臨床グレードのヒトiPS細胞由来心血管系細胞多層体のラットにおける治療効果を確認
2021年11月8日
心臓は心筋という筋肉の細胞の塊です。心臓の血管が詰まって酸素が供給されなくなると、心筋細胞が壊死し、ポンプとしての力を発揮することができなくなります。升本英利研究リーダー(臨床橋渡しプログラム
心疾患iPS細胞治療研究)らは、心筋梗塞モデルラットに臨床グレードのヒトiPS細胞由来心臓細胞多層体を移植すると、ポンプ機能は回復し、細胞が壊死して固くなった部位の面積も減少するなど、治療効果があることを確認しました。
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Osada H, Kawatou M, Fujita D, et al. JTCVS Open 8, 359-374 (2021)