宇野 雅晴(老化分子生物学研究チーム 上級研究員)

✕ 兵庫県立神戸甲北高等学校 49回生

私たちは2年次から始まる探究活動や自分の進路選択に向けて、自分の興味関心を深める活動を行っています。忙しい高校生活を送るなかで「いつまでも若くいたい」「年をとりたくない」といった気持ちを持ち、「生物の老化や若返り、寿命について聞きたい!」と思いました。そこで「老化」の研究をされている宇野さんに、スキンケアやアンチエイジングといったどこかで耳にしたことに関する素朴な疑問から高校生へのメッセージまで、いろいろお聞きしました。

宇野上級研究員の顔写真
宇野 雅晴(うの・まさはる)兵庫県姫路市出身。京都大学大学院から理研に来て、ずっと線虫を使った老化の研究に没頭。趣味は読書。師匠の博識に負けじと読み始め、最近は、小説、哲学書、科学書など分野の異なる書籍を同時に5冊程度読む。

「若返る」と「寿命が延びる」は同じですか?

そもそも皆さんは「若返る」ってどういうことだと思いますか?年齢を重ねて、もう肝臓の機能が落ちてダメだとか、そういう機能が落ちたのを元に戻すことを「若返る」と言うのはわかりやすいんです。でも皆さんくらいの年齢だと、脳の神経とかは分裂してどんどん新しくなっています。そういうのも「若返る」に含めるのかどうかということが難しいんです。多くの人が「若返る」って簡単に言うんですけど、それがどういうことなのかを考えると結構ぼんやりしていませんか?

だから、「何を」若返らせたいかによってその質問の答えは変わるんじゃないかと思っています。臓器の機能が落ちたのを元に戻すことができたら元気でいられる期間が延びるという意味で考えると、若返ることで寿命が延びると思います。でも脳の機能が衰え、人の名前を忘れがちになってきている人が、仮に若返ってすぐに思い出せるようになったとしても、それはおそらく寿命にそこまで関係ないですよね。だから、機能によって違うかなというのが僕の印象です。

「若返る」ということをより具体的に考えると、もうちょっとおもしろくなっていくかもしれないですね。

アンチエイジングのスキンケアは根本的に肌が若返るのですか?

僕の奥さんもスキンケアにとても気を遣っているんですけど、アンチエイジングのクリームを塗ったりすることで、どこまで細胞に取り込まれていると思いますか?

皮膚は他の部位に比べ、空気とか水とか、一番いろいろなものに接してるところです。不要なものはなるべく中に入ってほしくないので、とてもバリアが強そうに思えませんか?汚いものがかかった時に、すぐに皮膚にしみ込んでしまうことってあまりないですよね。しかも実は皮膚の表層の方の細胞はほとんど死んでいるんです。だからしっかりと奥の方に入っていかない限り本当の意味で「若返ってほしい細胞」ってなくて、そこまで入ってるかどうかは、研究者としては少し疑問です。化粧品の会社に聞いてみてください(笑)。

でも朗報としては「プラセボ効果」というものがあります。本当は効いてなくても、効くかもしれないと思ったらちょっと効くらしいです。薬とかでも同じで、心の持ちようで「若返る」ということは起こるのかもしれませんね。

老化はいつから始まるのですか?

皆さん予測としてはいつだと思いますか?受精卵ができてからお母さんから生まれてくるまでも時間的には進んでいますが、この間老化は進んでいると思いますか?

最近、受精卵になると一旦細胞は若返っていると言われています。受精卵が最初の状態で、そこから、老化がどんどん進んでいると言う人もいます。脳においては、神経を増やした後、減らしてるのが皆さんぐらいの年齢で、今が一番脳のつながりが変わっているすごく重要な時期とされています。その後は最適化に向かって構造が安定していきますが、臓器や部位によっても大きく違います。皆さんは若いからまだ何も思わないかもしれませんが、30歳くらいになると「ちょっと肌がかさつくな」とか、運動能力の低下を感じることも多くなるはずです。老化は少しずつ進んでいるので、普通に生活している分にはあまり感じないもの。だから「いつから老化するか」って、人によって捉え方が違う気がしますね。

老化の一番の原因は何ですか?

イチロー選手と僕、どっちが若いと思いますか?年齢的にはイチロー選手の方が年上ですが、身体的にはおそらくイチロー選手の方が若いです。「老化」ってそう考えるととても難しいものになります。

では、「老化」は何が基準になっていると思いますか?皆さんは周りの大人を見ていて、何をもって「老化」だと考えますか?白髪のことかもしれませんし、肌のしわのことになるかもしれません。しわが増えてくるのは、たぶん皮膚の細胞の入れ替わりがどんどん減ってくからだと考えられますね。組織によっても老化の度合いは違っています。生殖細胞は比較的早めに機能が衰えますし、筋力は運動しないとすぐ落ちてしまいます。免疫は若い状態であっても低下しますが、筋肉は年をとってもある程度維持できたりもします。だからそういう意味では、「老化」というのはいつ起こるのか分かりません。

世間の人たちが言う「老化」は、時間が経つと老いていくということだと思います。でも、筋肉とかは年をとってからでもトレーニングで増えていくので、ある意味老化しないと言えるのかもしれません。目とかはどうなるでしょうか?なんとなく年をとることが悪くなることの原因であるように感じます。

細胞の老化の原因は、世界的には七つ八つぐらい提唱されている状況なので、ぜひ調べてみてください。それを全部克服すれば、人間は千年生きることができるそうです。

そう考えると「老化の一番の原因」というとなかなか難しいですね。「これが老化だ」と思うことがあれば、それについて調べてみてください。食べ過ぎとか、運動をしないといったことが老化を早めるということ自体は、間違いないと思います。

老化した細胞は、取り除くことができますか?

これはまさに今流行りのことです。マウスの老化した細胞を取り除くことで、寿命が伸びるのではないかと言われていて、世界中でそういった薬を作ろうと研究者が頑張っているところです。

老化した細胞だけに薬が入れば可能なはずですが、どうやってピンポイントに薬を入れるかというところが難しいとされていて、間違ったところに入ってしまうと正常細胞も死んだりするかもしれません。報告は出てきていますが、あくまでマウスの話なので、同じことが人でできるかはまだ分からない状態です。

老化は何のために動物の体に備わっているのでしょうか?

みんなが不老不死になったら、困りませんか。ごはんも住む場所も足りなくなってしまうかもしれません。

一番わかりやすいのは「進化」という考え方ではないでしょうか。世代が変わることで少しずつ違うものになって進んでいくことが大切で、そういう意味では、不老不死が実現してしまうと適応できなくなっていく気がしますね。「進化」に適応するために必要なこととして老化が存在するという考え方もいいのかなと思います。

高校生へのアドバイスはありますか?

「教科書に書いてあるから正しいとか、正しくないとかを判断しない方がいい」ということを一番言いたいですね。教科書はもちろん知識の塊ですが、もしかすると正しくないこともあるかもしれないと思った方がおもしろいです。学校の先生が絶対正しいとも限らないですし、人はミスをする、失敗するのが当たり前だと思っておくことは大切かもしれません。

研究室内の顕微鏡を使って宇野研究員に線虫を見せてもらっている生徒たち

インタビューを終えて

「老化」に関して、私たちはこれまで本当にぼんやりとしか分かっていなかったのだと改めて実感することができました。寿命を延ばすことや不老不死のお話、今の私たちへのアドバイスも聞くことができ、寿命の必要性や今後の取り組み方を考えるきっかけになりました。研究室では実際に研究している方々を目の当たりにすることができて、私たちがこれからおこなっていく探究活動やその他の高校生活、卒業してからも、多くのことに疑問を持ち、いろんなことに挑戦していこうと思います。

取材・執筆

兵庫県立神戸甲北高等学校 49回生
熊見明大,菅原賢人,田畑七海,井上正裕,緒方歩夢,小西穂乃香,中村大雅,越水駿人,小松原楓華,永田怜華,山田真仁一,渡邊大翔