今回は、実験ロボット「まほろ」を操る神田さん。まほろが実験をしている様子は映像としてはみたことがあるものの、実物はみたことない…。いったいどんな話になるのやら。

ロボットが実験をやる

もっとウィーンガシャンウィーンガシャンとか言っているのかと思ったんですけど、意外と静かですね。

細胞培養なのでゆっくりやっているからですね。ファンの音もそれなりにうるさいですし、もっと素早く動くこともできるんですが、その時にはそこそこの音がします。

実際にまほろを動かすときには、どのような命令を出してるんですか?

動作の細かいところの指示はすでに命令として組み込まれているので、何を何ミリ動かせ、というのではなくて「液Aを試験管2に100 μL移す」という感じです。

あ、ピペットがいっぱい並んでる。

ピペットって容量調整のために、ダイヤルをくるくる回すじゃないですか。ロボットはあれができないんです。
いや、できないこともないんだけど、300入れて、次は400…みたいな変更が入ると時間のロスが出るので、それよりは各容量のピペットを並べてしまって使い分けた方が効率がいいんです。
でも、ピペットが電動だったら、自由自在です。

おお。ドアをそろーっと閉めてる!

そうそう。そろーっと閉めないと細胞に影響してしまうというのがわかったんです。でも、1回教えれば、2回目以降は確実にやるので、二度と同じ失敗を繰り返さない。教えがいがありますよ。

ピペットのチップの先に液が残ったりするときがあるじゃないですか。そういう時は「しょうがない、もう1回やるか」みたいなことになるのかな?

実は決まった速度で決まったようにやったら、大抵の液体というのはそのとおりに動いてくれるんです。液が残ったり残らなかったりするのは、人間の押すスピードとかが毎回違うからなんです。
なので逆に、毎回残す、ということも可能です。

それは面白い。しかし、動きが気持ち悪い…。

まほろには関節が7つあるので、人間の動きとは少し違います。例えば、両手を上にあげて棚の上で実験する、みたいなことも可動域さえ適応していればできますよ。

プラスチック製品は、メーカーごとにサイズが違ったり、同じメーカーでもロットごとに微妙なサイズの違いがあったりします。その違いを吸収するためには、位置調整をすることもあるんですが、ロボットの動作側で吸収したりすることがよくあります。このくらいの強さで押すとか、少し傾けて差し込むとか。この辺は結構ノウハウですね。

ロボット以外にも設定していくことは、実は色々あります。例えば、40日間ぶっ続けで細胞培養するとす場合、放っておくと細胞が乾いちゃったり、溶液が減っちゃったりしかねません。そして、その程度はどうも夏と冬で違う。

湿度か!

そうです。例えば冬の平均湿度って知ってますか?知りませんよね?なので、この部屋の温度・湿度を計測し続けてデータを持っています。実測データから議論していくんです。
あるいは、天気というか自然災害にも左右されます。

え、なんで?

一番わかりやすいのは、台風ですね。最悪、停電してしまったら困りますよね?

でもUPSとかあるでしょ?

UPSはあくまで安全に停止させるため程度の保険でしかありません。なので、台風が来そうだったら実験はできないな、とか。判断できない場合は、待機の体制をどう作るか、など運用の部分でも工夫がたくさんあります。

そういえば、上に鳥居が乗ってますね(笑)。

気づきましたか。ロボットのプログラムをスタートさせると、基本的には研究者は手放しになります。お話ししたように、色々やったけれども実際のところ何が起こるかはわからない。なので、最後は神頼みです。

人事を尽くして天命を待つ、と。

ちなみに、鳥居の前にある飴は、お酒の飴なんです。お酒や食べ物はこぼしたり腐ったりするので絶対だめ。でも何かお供えをしたいと思って飴になりました。全てのことに意味があるんです。面白いでしょ。

機械にさせるのはそんなに簡単じゃない

実際、ロボットに実装していく過程で難しいところってどんなところですか?

ロボット的には、コードとかホースとか紙とかのやわらかいものは難しいようですね。ライフサイエンスの実験的には、人間がやっていることをロボットができるように翻訳していくところが割とコツがいります。

なるほど。

誤解を恐れずにいうと、なんでも自動化できる、というのはありえないと思っています。何事もそうですが、一定の制約条件の中でできる限りのことをやっているわけですからね。
人間は、「右手を上に3mm」みたいな感じでは動かしてないですから、人の動きをロボットができるように置き換えていきます。でも、気をつけているところや無意識でやっているところが、実は言語化できないことが少なくなくて、そういうところがボトルネックになるケースもあります。

自動化するのが難しいプロジェクトの特徴とかってあったりするんですか?

ちょっと答えるのが難しい質問ですね。

実はやるとなったらなんでもできるんです。ただ、実験をロボットに移すときには、人がやっている手順をそのままではやっぱり移らないんです。今見て頂いている動作って、かなりゆっくりですよね。ロボットの仕様的にそうなっているんですけど、人間だったらもっとババッとやるわけです。使っている試薬は同じだけれども、こういう動作が制限があるとか。

あるいは、プレートを4枚重ねずつにしている真ん中の2段目を取ろうとすると、ロボットだと1回全部出さないといけない。人間だとびゅっと中抜きして取ったりできるんです。

だから、ロボットにどう翻訳するかというところは、さまざまな制限の中で考えなきゃいけない。この部分はちょっと人がやっている時よりも緩くしていいとか、ここは絶対に守ってくれだとかっていうところを優先順位をつけて実装していく必要があります。その時に、ロボットが何が得意で、何が苦手かとか、情報技術として何が得意で、何が苦手かというところがわかっていないと、どこを重視したらいいかというのがわからなくなる。一方で生物学的にも、酵素は外にずっと出しておいたら駄目だよね、とか。そういうのが全部わかっていないとロボットに移せないんです。

3つの側面で、ある意味、全部わかっている人がどこかにハブパーソンになっていないと。

でも、ロボットとITとバイオロジーが全部きちんとできる人はおそらくこの世に今いないんです。そういう人材を今すぐ用意するというのは無理なので、きちんとコミュニケーションが取れるようにしなきゃいけないというのが現時点の状況だと思います。

これは実証実験なんです

その上で、じゃあどういう開発体制であれば、ロボットを使った生物学の開発ができますか、ということを研究をしているのがここなんです。
なので、ぼくたちはまほろに何かをさせたいとかじゃなくて、まほろなりAIなりロボットなりを使って実験をするときはどういう手順を踏んで、どういうチームでやらせるというのが一番効率がいいんですかということを研究している。
現在でもこのロボット自体はいろいろできるけれども、生物学の研究室にいちばん合っている使い方というのがそこまでわかっていないんです。

むしろバイオロジーとかではなくて、コミュニケーションテクノロジーですね。

プロジェクトマネジメントや組織論の部分が少なくない印象があります。

ほぉー!(興味津々)

この取り組みには、ロボットとITとバイオの人がそろわないといけないですよね。じゃあどういうチームであれば日々の問題解決がきちんとできるのか?そんなことを考えないといけないわけです。

階層みたいなのもあるんですか?

階層じゃないんです。普通、プロデューサーとかディレクターというと偉い人なイメージですけど、エラい、エラくないじゃないんです。プロデューサーの役割、マネージャーの役割というのがあるだけだという認識です。

特に、マトリクス型の共同研究になってくると、いろいろな人たちが関わるようになりますし、離れた場所にいたりするので、どうコミュニケーションをとるのか、ということも重要です。

まだ結論はないかもしれないですけど、ITなどの他の業界でうまくいっているプロジェクトマネジメントの手法などは積極的に取り入れています。

でもどうやって、こういうマネジメントを導入するんですか?

プロジェクトマネジメントは共同研究先の本職の資格を持ちの人に担当してもらってます。ITだとこういうのがあるよというのをいろいろ聞きながらやったり、自分でも他の分野での開発体制とかはかなり気にしたり、勉強はしますよ。

目指している方向性とかありますか?

僕個人としては楽しく働けない人が一人でもいないようにしたいと思っています。

例えばこのプロジェクトだと、情報共有という意味では、全員に同じ情報が共有されているんです。

大抵の人は、同じ背景を知っていて、同じ問題意識を持っているならば、ある状況に直面したときに出す答えというのは大きく変わらない、という仮説が自分の中にあります。違うということは、問題意識が違うということなので、そこを揃える必要があると思うんです。

なんか組織のあり方を考えちゃいますね…。

サイエンスとは人間にとってなんなのか?

今は、顕微鏡で撮った画像がネットワーク上にアップロードされるようになっています。そしてその画像をAIが見て、次の実験を考える、という仕組みがほぼほぼ出来上がっています。まだ制限は色々あるのですが、平たく言うと「いい感じで培養しといて」でお願いすることができるようになってきました。 ロボットとAIできちんと動けるんです。

そうすると、新しい問題が発生しました。

え、問題なさそうだけど…?

コンピュータとまほろで、勝手に、じゃあ次何時にやるのがいいね、ということで始められるんです。人間からするとわざわざAIのコードを見に行かないと、次はいつロボットが動くかがわからないということが判明しました。

スタート時間も勝手に決める?

そうなんです。一番最初のスタート時間は人間が決めるんですけど、スタートしたあと、「細胞がいい感じになったら実験する」という命令をしておくと、そのいい感じと判断したのが何時かというのは、AIさんしか知らない。
なので、人間としては、それはよくないねということで、我々は今どんな感じというのをきちんと表示してくれる画面をつくった。まぁ、ログを吐き出してもらうわけですけど、でもそれが原因で別のバグが発生してしたこともありました。

なんか、あるある感…。そこまでAIとロボットでできるなら、仮説までAIで作れるようになったら、もう人間いらない?

もしかしたら、いらないのかもしれません。

AlphaGoがいい例です。AlphaGoは、これまでの人間同士の対戦の棋譜を学習して強くなりましたけど、次の段階では人間の棋譜を使っていないわけですよね。自分でやり合って、より強いAlphaGo Zeroというのができました。

ということは、サイエンスも、人間がやっているエリアというのは、サイエンス全体から見たときにかなりバイアスがかかってる可能性があるとも言えるかもしれません。人間のサイエンスというものが元々かなり偏っている可能性があります。

そうしたら、もう完全に世界が変わりますね。

でも、それは研究に限らないですよね。

じゃあ研究で仕事がなくなったからといって、音楽を聞くだとか、作曲するだとか、絵を描くというのをやりゃいいかと言われると、そうでもなくて、そっちもAIの方が得意になっていくかもしれません。

実際に目に見えるなにかが実際に出てきて、初めて実感が湧いてくるというだけだと思います。いろいろともう少し抽象的なレイヤーの概念で考え直す必要があるのかもしれません。

ちょっと前に「はんこ押しロボット」というのが発表されたんですけどね。ネット上では「まったく意味がない」とかって言われているんですけど、開発した人たちはそういう批判も全部折込み済みなんだと思います。というのも、ああいうのを見て、初めて、じゃあロボットがはんこを押すのと、ロボットの先にインクジェットのプリンターヘッドがついていて印刷するのは何が違うんだという議論になります。ほとんどの人にとっては、そういうことは、実際にものができて初めて考えられるようになる、ということだと思うんです。

普通にプリントアウトすればいいじゃんにつながるわけですよね。

「電子署名との違いはどこか」、「そもそも印鑑ってどういう意味があるのか」とかっていう話が、これまでは少ない一部の人たちだけで話をしてきたわけです。
実際に目に見えるなにかが現実世界に出てきて、初めて実感が湧いてくるというだけだと思います。いろいろなことをもう少し抽象的なレイヤーで考え直す必要があるのかもしれません。

実感が湧きますもんね。バイロオジーも、こういうまほろくんみたいなのが出てきて、はて、人間は何をするんだったっけという状態になりつつあるということかもしれませんね。

裾野を広げて世界を変える

機械を使って実験するときにはどういうところに気を付けたらいいのか、のような裾野にあたる部分というのはほとんど共有されていないんです。なので、同じような問題が、日本中、世界中の自動化現場で起きているんです。いろいろな人たちがいろいろな分野で自動化の孤軍奮闘しているのが現状で、そのままだと裾野が広がらない。そこで、それぞれの持っているいろいろなノウハウをきちんと共有する場所を作りましょうと、毎月勉強会をやったりしているわけです。

勉強会は、現在は、東京と関西で毎月交互にやっているんですが、案内を公開するとそこそこ席が埋まるくらいには好評をいただいているようです。

もう新しい研究分野ですね…

将来的には、生物学の自動化の経験者の人たちが何をしたのか、どうやって実装したのか、みたいな話がまとまった教科書があるといいと思っています。

教科書ができると、それが初めての人にとっては最初にアクセスする情報になる。今はそれすらないですからね。

ちょっと思ったんですけど、みんな考え方というか視点が一階層上がっていますよね。

そうですね。全員ちょっと抽象側に寄っていると思います。自分のやっていることを一歩引いて見る時間と機会ができた感じでしょうか。

生物学者と、ハードの開発者と、ソフトの開発者が、全然違うエキスパタイズで、なぜか今同じ目標に向かって開発しているというのは、これは控えめに言って超楽しいです。

基本的に、他の人がやっていることは自分ができないことですから。

本当にいろいろなものを変えそうですよね。組織論的なことから、マインドセットとか、メンタリティとか。サイエンスの取り組み方とか、向き合い方とか。

実験に対する取り組み方は、もうすでに変わり始めているかもしれません。

一緒に研究をしている博士課程の学生がいるんですけど、彼はここに来るまで細胞培養をしたことがない人なんです。その状態でいきなりロボットを使った細胞培養をやることになりました。

ある時まほろで培養していると、ディッシュの底に細胞が強く貼り付いていて取れなくなったことがありました。細胞はトリプシンという酵素を使って剥がすんですけど、なかなか剥がれなかったんです。普通にバイオロジーのトレーニングを受けた人は、トリプシンの作用時間を長くしてみることが多いんですけど、彼はそういう前提を全く知らない状態なので、最初にピペッティングの強さを強くしてみたんです。ビューっと物理的に剥がしてしまおう、という意図ですね。僕らには全くなかった発想です。正しいか正しくないかは置いておいて、自由にパラメータが選べるとなったら、全然違う発想でパラメータをいじることになるんだなと、ということに気が付きました。

将来的には全く違う発想でプロトコルを組む世代が出そうですね。

はい。新しい世代が生まれてくるんじゃないかと期待しています。
そういうことをしていたら今までのことができなくなるんじゃないのとかっていうふうにいろいろと言われることはあるんですけど、今は過渡期で、社会実験だと思っています。なので、我々のチームとしては、とりあえずいろいろやってみようの精神でいろいろやっています。