崔 翼龍 (生体機能動態イメージング研究チーム チームリーダー)

✕  私立日生学園 自由ヶ丘高等学校 自然科学部

ぼくたちは、友人に過敏性胃腸炎という持病があったので、痛みのメカニズムについて興味をもっていました。また、毎日の学校生活の中で、寝ても疲労感が残ることを疑問に思っていました。そこで、痛みや疲れを『PETイメージング』という手法を用いて研究している崔 翼龍さんにお話を伺いました。『PETイメージング』とは、生体を傷つけずに体内の分子の動きを観察する技術です。

崔チームリーダー
崔 翼龍(さい・よくりゅう)中国出身。北京医科大学生物物理学専攻修了、博士(理学)取得。来日後、脳科学と出合う。理研では、イメージング技術を中心に分子・細胞から神経回路・システムの階層まで網羅した統合的な方法論を用いて、脳に秘められた新たな機能の解明に挑戦している。

どんな研究をしていますか?

『PETイメージング』を使い、痛みを観測する研究をしています。例えば、皆さんも知っているように我々の体の中にはタンパク質であったり、核酸であったりいろんな分子が互いに巧妙に作用しあって生命を営んでいます。これらの分子には炭素や酸素などが含まれていますが、その炭素や酸素には放射線を出す性質の同位体があるので、それを分子の中の炭素や酸素と取り替えることで、その分子を放射線で標識する(目印をつける)ことができます。標識した分子を薬と同じように飲んだり注射したりして、その分子が体の中のどこに、どれくらい分布しているのかということがわかるのが、『PETイメージング』という技術です。

痛みと疲労についての研究のどこに興味を持って研究を始めましたか?

興味があったのは身体についてです。我々の身体というのは一番良く出来ている「機械」だと思います。我々の身体は一番良いセンサーを搭載していますし、一番効率的に力を掛けたり動いたりできるようになっています。そんな人の身体の中でも一番面白いのは何かと考えると、心なのじゃないかと。今もまだ分かっていないことが多く、一番神秘的な部分に惹かれました。例えば、心で脳を変える、あるいは、心で身体を調整するとかです。その辺のメカニズムというか、それがどうやってできるかを知りたいと思いました。

体に異常が見られないのに痛みを感じる時には、どのような脳のメカニズムが働いていますか?

痛みの研究は歴史が長いです。皮膚などへの侵害シグナルは脊髄・延髄、視床を経由して、大脳皮質などの高次脳領域で痛みとして認知されます。皮膚などの末梢組織に異常がなく触るくらいの軽いタッチで痛みを感じる、あるいは実際は存在しない切断された四肢から痛みを感じる―「ファントムペイン」と呼ばれる現象もあります。これらの痛みはその伝わる回路が「混線」することが原因です。元々は触覚などの普通の感覚を伝える神経回路が痛みを伝えるように「混線」してしまって、脳は触覚を痛みとして勘違いするようになることが痛みを伝える色々なところで起こります。末梢や脊髄レベルでも起こるし、脳の中でも起こります。

疲れが取れるメカニズムはわかりますか?

活動することによって身体の中にいろんな老廃物、例えばラジカル(不対電子をもつ原子や分子、あるいはイオン)などが増えると、体のいろんな生理機能が低下するし、疲労を感じます。身体の中からそれが代謝されたり、排泄されたりしてなくなると疲労がとれます。生物は長い進化を経て、これらのラジカルなどの老廃物を解消するような機構を備えているんですね。つまり、我々の身体というのは常に安定している状態を保つような能力を持っているので、疲れたときにはその機能が活動して疲れが取れるようになります。ベストな疲れの解消法は睡眠です。例えば、受験勉強や締め切り間際に一日頑張って脳を使った後は眠気を感じますが、その後プロスタグランディンなどの睡眠物質が分泌され、ぐっすり寝た後は疲れが吹き飛び、脳もすっきりします。

崔チームリーダーとテーブルを囲んで

疲れなどのシグナルは身体に悪影響を及ぼしますか?

疲労と疲労感と言うのは互いに依存しているので、ちゃんとバランスが取れたらよいです。疲れたときに疲労感がちゃんとあって、疲労感を感じたときに活動を止めて疲労が取れることが一番良いです。疲れているのに疲労感がないと最終的に過労死してしまいます。逆に、疲れてないのに疲労感だけが先行するときはまた違う病状になります。意欲が低下する、あるいは体は動けるのに疲れたという意識が強くて適切に動けなくなる、というようなこともありえます。一番大事なのは疲労感と疲労がバランスよくマッチングしていることです。

人間が疲れや痛みのシグナルを外部的要因でコントロールできるようになれば、何ができますか?

例えば、もし薬を使わずに痛みを和らげることができれば、薬を飲む量を減らすことも出来るし、副作用もかなりなくすことができます。多くの鎮痛薬というのは依存になることが結構多いです。これも薬の量を減らすことによって依存を減らすことができるし、経済的にも無駄をなくすことができます。また、体の疲れを簡単にはかれるシグナルがわかれば、疲労がたまる前に休むことができるし、疲れがたまって慢性疲労になっていればサプリメントを飲んで治すなど、疲労に対しても色んな選択を取ることができるようになります。

高校生にメッセージをお願いします。

自分の高校生の時より研究者に話を聞くような機会は増えていると思うので、ぜひ高校生の皆さんにはそういう機会を大事にしてほしいです。でも、まずは今の学校の勉強をがんばってください。自分の娘も今大学に行っているのだけれど、勉強より部活に熱心だしね(笑)。部活も大事だけれど勉強も大事だと思うよ。

インタビューを終えて

崔さんには、研究の基本的なことから素朴な疑問まで優しく丁寧に解説していただき、今まで身近ではなかった研究という事柄に触れ、とても感動しました。普段生活している時でも、脳が様々な物質を分泌していることが分かりました。例えば、睡眠物質が分泌されていい睡眠をとると疲労感が取れることなど新たなことが分かり、とても感慨深かったです。今回の経験を活かし、次なるステップへと精進していきたいと思います。

取材執筆

私立日生学園 自由ヶ丘高等学校 自然科学部
神田駿太朗 村瀬貴亮 金田龍弥 戸田代敬大 福田奨