2020年3月から2020年7月までのプレスリリースと論文ニュースからご紹介します。

初期胚ノードと繊毛の電子顕微鏡写真

動物の左右決定に関わるカルシウムイオンの役割

2020年7月28日

ヒトの心臓のように体の内部にある臓器のほとんどは、その形や配置が左右非対称です。左右は体ができる発生過程の早い段階で決まります。 哺乳類では、初期胚の腹側に一過的に形成される、くぼみを持った構造「ノード」に存在する繊毛が回転することによって生じる細胞外の体液の左方向への流れを周辺部の細胞が感知することで左右非対称性が生まれます。 濱田博司チームリーダー、水野克俊研究員(個体パターニング研究チーム)らは、胚を生きたまま観察するライブイメージングにより、周辺の細胞を詳しく調べ、カルシウムの細胞内への流入が刺激の感知に重要な役割を果たしていることを見出しました。 続きを読む

Mizuno K, Shiozawa K, Katoh TA, et al. Sci Adv 6, eaba1195 (2020)


発育ステージの移行に必要なエネルギー供給の仕組み

2020年7月17日

幼虫が成虫に移り変わる蛹(さなぎ)期では、外部からの栄養摂取が行われないため、幼虫期に摂取して貯蓄している栄養分を計画的に用いて、変態を行う必要があります。 西村隆史チームリーダー(成長シグナル研究チーム)は、モデル生物としてキイロショウジョウバエを用いて、ステロイドホルモンが一過的に貯蔵糖の消費を促し、変態に必要なエネルギーや生体高分子の材料の供給を指令していることを明らかにしました。 続きを読む

Nishimura T. Curr Biol (2020)


change of cell movement

細胞の追いかけっこが波を作る

2020年6月26日

真核細胞の集団運動は、多細胞生物の形態形成や傷の治癒など様々なプロセスで重要な役割を果たしています。ある種の細胞性粘菌の集団では、波が進むように進む集団運動が観察されます。 柴田達夫チームリーダー、早川雅之研究員(フィジカルバイオロジー研究チーム)らは、この進行波状の集団運動の正体は、細胞が集まっている部分とまばらな部分が動的に入れ替わることで生じる細胞密度の伝搬であり、細胞が他の細胞に追随する「接触追随」という一過性の単純な細胞間相互作用によって説明できることを明らかにしました。 続きを読む

Hayakawa M, Hiraiwa T, Wada Y, et al. Elife 9, (2020)


microinjection

ゲノム編集による高効率ノックインマウスの作製

2020年6月18日

阿部高也技師、清成寛チームリーダー(生体モデル開発チーム)らは、ゲノム編集技術の一つであるCRISPR-Cas9システムによる高効率なノックインマウスの作製法を開発しました。 続きを読む

Abe T, Inoue KI, Furuta Y, Kiyonari H. Cell Rep 31, 107653 (2020)


冬眠様状態を誘導する新規神経回路の発見

2020年6月12日

筑波大学の櫻井武教授、髙橋徹・大学院生らの研究グループは、BDRの砂川玄志郎・基礎科学特別研究員との共同研究により、マウスを冬眠に似た状態に誘導できる新しい神経回路を同定しました。 続きを読む

マウス卵母細胞における紡錘体

卵母細胞における染色体分配装置の形成機構を解明

2020年5月27日

卵子が正確につくられるためには、卵母細胞の減数分裂の際に二つの極を持つ「紡錘体」が形成され、それぞれの極に向かって正しい数の染色体が分配される必要があります。染色体分配に失敗すると、卵子の染色体数異常が引き起こされ、流産や先天性疾患の原因になります。吉田周平上級研究員、橋本周客員研究員、北島智也チームリーダー(染色体分配研究チーム)らは、細胞分裂時に染色体のくびれ部分に形成される「動原体」を構成するタンパク質の一つを卵母細胞で欠失させたマウスの解析から、紡錘体の二極化には、動原体が土台として働くことが必須であることを明らかにしました。一方、ヒト卵母細胞では、マウスのような機能タンパク質の動原体への局在が観察されませんでした。このような差異は、ヒト卵母細胞で染色体の分配が失敗しやすいことに対する説明の一つといえます。 続きを読む

Yoshida S, Nishiyama S, Lister L, et al. Nat Commun 11, 2652 (2020)


架橋アルブミンによる分画

細胞培養用の微小デバイスをタンパク質で作製

2020年5月21日

田中陽チームリーダー(集積バイオデバイス研究チーム)らは、架橋したアルブミンタンパクを原料として、シリコーンゴムの鋳型で型取りすることにより、細胞パターニングのための微小細胞培養デバイスを迅速・簡便に作製することに成功しました。 微小空間における細胞とタンパク質との相互作用の研究に応用できると考えられます。 続きを読む

Shen Y, Tanaka N, Yamazoe H, et al. PLoS ONE 15, e0232518 (2020)


血液排出のずれと脳室の拡大

ヒト脳の新しい加齢バイオマーカーを発見

2020年5月15日

麻生俊彦副チームリーダー(脳コネクトミクスイメージング研究チーム)らは、加齢に伴う脳室の自然な容量増加あるいは外傷性脳損傷にともなう脳室の拡大のいずれにおいても、脳の特定の深部からの血液排出のずれと脳室の拡大が関連していることを発見しました。このずれは磁気共鳴画像法(MRI法)で簡単に検出できることから、脳室の容量増加や脳の老化を予測するバイオマーカーとなり、早期治療につながる可能性があります。 続きを読む

Aso T, Sugihara G, Murai T, et al. Brain 143, 1843-1856 (2020)


生体接触型医療機器コーティング材料の新しい評価法

2020年5月13日

体内に埋め込むタイプの医療機器には、タンパク質などの生体高分子の付着を防止するために、ポリマーコーティングが施されています。しかし、ポリマーの水和が十分でない場合、組織の癒着や血栓が起きやすくなります。 田中信行上級研究員、田中陽チームリーダー(集積バイオデバイス研究チーム)らは、医療材料として用いられるポリマーコーティングの「水和」挙動を簡単に評価できる手法を開発しました。本成果は、医療材料やコーティング方法の性能評価や製品の品質管理に役立つと期待できます。 続きを読む

Katayama R, Tanaka N, Takagi Y, et al. Langmuir 36, 5626-5632 (2020)


非ヒト霊長類の脳コネクトームを可視化

2020年4月27日

林拓也チームリーダー、ヨーナス・アウティオ研究員(脳コネクトミクスイメージング研究チーム)らは、マカクサルなどの中型霊長類動物の脳の機能・構築を生きたまま解明する磁気共鳴画像法(MRI)の撮像法や解析技術を開発し、大脳皮質や皮質下構造物の構造・機能・連絡性(コネクトーム)の可視化に成功しました。 続きを読む

Autio JA, Glasser MF, Ose T, et al. Neuroimage 215, 116800 (2020)


3次元組織学による全臓器・全身の観察技術を確立

2020年4月27日

現在、細胞や組織構造を染色する組織化学的手法のニーズが高まっています。しかし、3次元組織に染色剤や染色用抗体を浸透させることは、多くの場合容易ではありません。 上田泰己チームリーダー、洲﨑悦生客員研究員(合成生物学研究チーム)らは、組織透明化技術と組み合わせて利用できる全臓器・全身スケールの3次元組織染色・観察技術「CUBIC-HistoVIsion(CUBIC-HV)」を確立しました(トップ画像)。これはこれまでの3次元染色法のパフォーマンスを凌駕する高効率な3次元組織学手法です。 続きを読む

Susaki EA, Shimizu C, Kuno A, et al. Nat Commun 11, 1982 (2020)


心臓の発生のモデリング

心臓が左右非対称になる仕組み

2020年4月16日

心臓は、複雑かつ左右非対称な三次元構造を持つ臓器です。その発生は、「心筒」と呼ばれる真っすぐな管状の構造の形成から始まり、それが体の右側に飛び出した「ループ状構造」へと変化し、明確な左右非対称性が現れます。 森下喜弘チームリーダー、大塚大輔上級研究員、川平直史大学院生リサーチ・アソシエイト(発生幾何研究チーム)らは、心臓のライブイメージングと数理的手法を用いて、心臓のループ状構造への変化を組織レベルと細胞レベルで詳細に解析しました。その結果、心筒を構成する左右の心筋組織が異なる方向に伸長することで、ループ状構造が形成されることが明らかになりました。同様のアプローチを他臓器にも応用することで、臓器固有の、あるいは臓器間で共通した形づくりのしくみが今後明らかになっていくと期待されます。 続きを読む

Kawahira N, Ohtsuka D, Kida N, et al. Cell Rep 30, 3889-3903.e5 (2020)


器官サイズの左右差を抑制する仕組み

2020年4月7日

松下亮太研修生、西村隆史チームリーダーの研究チームは、モデル生物としてキイロショウジョウバエを用いて、栄養環境の変化に応じて血糖値を適切に調節する仕組みが、器官サイズのばらつきを抑制することを明らかにしました。 続きを読む

Matsushita R, Nishimura T. Commun Biol 3, 170 (2020)


1細胞RNA解析で世界最高成績

2020年4月7日

シングルセルRNAシークエンシング法は細胞一つ一つの遺伝子発現を調べる方法として世界中で研究されています。これらの方法の評価を行うため、スペインのヘイン教授を代表とする国際グループが13の異なる方法の比較研究を行いました。その結果、BDRの笹川洋平上級研究員、二階堂愛チームリーダー(バイオインフォマティクス研究開発チーム)らが開発したQuartz-seq2法が、総合的に最も優れた手法であることが明らかになりました。 続きを読む

Mereu E, Lafzi A, Moutinho C, et al. Nat Biotechnol 38, 747-755 (2020)


体節時計を再現し、脊椎肋骨異形成症の病態モデルをつくる

2020年4月3日

背骨や肋骨が繰り返し構造でできているのは、動物が発生の段階で「体節」とよばれる構造を首から腰にむかって順番に繰り返しつくることに由来しています。この規則正しい繰り返しパターンを制御するのが体節時計とよばれるしくみです。体節時計が壊れると脊椎や肋骨が正常に形成されない病気「脊椎肋骨異形成症」を引き起こします。 松田充弘研究員と戎家美紀ユニットリーダー(再構成生物学研究ユニット)らは、ヒトiPS細胞を用いて体節時計を持つ組織を試験管内で再現し、この組織が脊椎肋骨異形成症の原因遺伝子を解析するための病態モデルとして有効であることを明らかにしました。 続きを読む

Matsuda M, Yamanaka Y, Uemura M, et al. Nature 580, 124-129 (2020)


難発現タンパク質の合成法を開発

2020年4月1日

組換えDNA技術による無細胞タンパク質合成系は医薬品の研究開発における重要な技術の一つです。しかし、真核生物のタンパク質の多くは凝集・変性しやすく、低温で反応を行えば凝集は抑えられるものの、全体の収量が悪くなるという問題がありました。 樋口佳恵技師、木川隆則チームリーダー、矢吹孝客員研究員(細胞構造生物学研究チーム)らは、低温で形成されるRNAの2次構造が反応低下の原因であると考え、RNAに結合して2次構造を抑制するCspAタンパク質を無細胞タンパク質合成系に加えることによって、「難発現タンパク質」を低温で効率良く発現することに成功しました。 続きを読む

Higuchi K, Yabuki T, Ito M, Kigawa T. Biotechnol Bioeng 117, 1628-1639 (2020)


リボソーム

リボソームを試験管内で自由に再構成

2020年3月25日

細胞内でタンパク質を合成する分子装置であるリボソームはRNAと数十個のタンパク質が結合した大きな複合体です。 清水義宏チームリーダー、下條優研修生(無細胞タンパク質合成研究チーム)らは、大腸菌のリボソーム小サブユニットを自由に改変できる試験管内再構成系を開発しました。リボソームは、医薬品など私たちの生活に欠かせないタンパク質を生産するための分子複合体であり、より活性の高いリボソームを作ることによって、タンパク質の生産手段の向上にも寄与する可能性があります。 続きを読む

Shimojo M, Amikura K, Masuda K, et al. Commun Biol 3, 142 (2020)


コロナウイルスメインプロテアーゼシミュレーション

新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)メインプロテアーゼの分子動力学シミュレーションデータを公開

2020年3月23日

小松輝久研究員、小山洋平研究員、沖本憲明上級研究員、森本元太郎技師、大野洋介上級技師、泰地真弘人チームリーダーの研究チームは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因ウイルスである「SARS-CoV-2」のメインプロテアーゼの10マイクロ秒間(1マイクロ秒は100万分の1秒)にわたる構造動態を、分子動力学(MD)シミュレーション専用計算機「MDGRAPE-4A」を用いてシミュレートしました。そして、その生データを世界の創薬研究者に自由に利用してもらうため、リポジトリ Mendeley Data (doi:10.17632/vpps4vhryg.2) に公開しました。 続きを読む

線虫C.elegans

ストレス耐性は親から子へ継承される

2020年3月11日

生物には、DNAの塩基配列の変化を伴わず、DNAやそのまわりにあるヒストンタンパク質への化学修飾を通して遺伝子発現を制御するしくみが存在します。 こうした制御はエピジェネティックな制御とよばれています。農野将功リサーチアソシエイト、宇野雅晴研究員、西田栄介チームリーダー(老化分子生物学研究チーム)らはモデル生物である線虫を用いて、「腸組織」におけるエピジェネティック変化が「生殖腺」におけるエピジェネティック変化を誘導し、親世代が獲得したストレスへの応答(耐性の上昇)が子世代へ継承されることを明らかにしました。環境に適応する能力を速やかに子孫にのこす生物の生存戦略の一つであると考えられます。 続きを読む

Nono M, Kishimoto S, Sato-Carlton A, et al. Cell Rep 30, 3207-3217.e4 (2020)