堀之内 貴明 (多階層生命動態研究チーム 研究員)

✕ 兵庫県立西脇高等学校 地学部生物部

私たちは生物の進化について興味を持っていたので、進化の研究をされている堀之内貴明さんにインタビューをすることになりました。堀之内さんは実験室の中で大腸菌を進化させる研究をしていますが、すべての作業を人の手でするのはあまりにも大変なので、大腸菌を進化させる操作自体はロボットに任せ、そこから得られた結果を解析するという形で研究をしているということを話してくださいました。そこで、話を聞く中で疑問に思った事を質問しました。

堀之内研究員
堀之内 貴明(ほりのうち・たかあき) 大阪府出身。大阪大学で博士号取得後、理化学研究所で一貫して実験室進化とオミックス技術を融合した進化過程の解析の他、有用微生物の育種や薬剤耐性菌の解析を行う一方、実験自動化にも携わる。また、学術集会や研究会の運営などを通じて研究者同士の交流の場を提供する活動を行っている。

実験室の中で大腸菌をどのように進化させたのですか?

エタノールを含む環境中でも生きられるように大腸菌を進化させる、という実験をしました。この研究をはじめたのはちょうど地球温暖化や石油枯渇問題が話題になっていた時期で、微生物にトウモロコシやサトウキビを食べさせてバイオエタノールを作らせ、燃料として使おうという研究が注目され始めた頃でした。大腸菌はもともとエタノールを作りませんが、エタノールを作れるように遺伝子組み換えをした大腸菌が生産現場では使われていました。しかしエタノールは消毒剤などに使われているように、大腸菌のような微生物にとっては有害です。大腸菌がエタノール生産の現場で、自身が作ったエタノールで死んでしまわないように、エタノールに強い大腸菌を作ることが目的でした。

実際の実験では大腸菌にとって過酷な濃度のエタノール(5%)を含む培地で大腸菌を飼育して、生き残った大腸菌を新たな培地に移す、ということをひたすら繰り返します。この間に大腸菌はどんどん世代を重ねてゆき、進化現象によってエタノールに強い大腸菌が現れます。最終的に約100日間かけて5%のエタノールの中でも元気に生きていられるように大腸菌を進化させることができました。

この研究をさらに発展させるために、もっといろいろな環境に対して大腸菌を進化させたくなったのですが、人の手で大腸菌を飼育していると大変なので、大腸菌を自動で飼育するロボットを開発しました。いまは大腸菌の進化実験自体はロボットに任せています。

ロボットが大腸菌を進化させている間、何をしていますか?

研究者は実験結果が何を表しているのかを考えますね。最近では計測技術が発達して膨大な量の分析データを出せるようになってきたので、それをコンピュータで解析したりする必要もあります。結果を考察していると思わぬ事実を示していることが解析から浮かび上がってきたりして、そうした結果をもとに次に何をすればいいのかを考えることが面白いです。実験室進化は、結果が出るまでには非常に多くの実験が必要になるので、肉体労働をロボットに任せて知的生産活動に時間を回せることはとてもいいことですね。でも実験そのものが好きな人には必ずしも喜ばしいことではないかもしれません。また、現状では人間にしかできない実験も多いので、ロボットと人とで役割分担をしていますね。

なぜ実験に大腸菌を使うんですか?

大腸菌は多くの基礎研究や応用研究に使われています。なので大腸菌を研究するためのいろいろなツールの開発が進んでいて、便利だからです。また私の研究の結果を、同じように大腸菌を研究題材として使っている他の多くの研究者に共有することができるからです。

研究が行き詰まった時はどうしていますか?

正直どうしようもないですが、あるとすればすぐ休むことですね。それから気持ちの切り替えがとても大事です。自分なりの気持ちの切り替え方を見つけられれば、幸せになると思います。また研究に失敗は付き物なので、少々うまくいかなくてもしょうがないという物事のとらえ方を身に着けたりして、気持ちをうまくコントロールすることですね。それから、行き詰まった時のために相談できるような環境を作ることも意識しています。実際に、私が所属している日本生物工学会の若手で交流したりサポートし合ったりするための窓口として、「バイオインフォマティクス相談部会」というものを作りました。

困ったときのための窓口を作るなんて、人のため動ける人だと思いました。その行動力はいつからありましたか?

昔は全然なかったですね。高校の頃は部活には入っていなくて、大学でサークルに入ってから行動力やいろいろな人と交流する力がいつの間にか身につきました。後に振り返ってみると、この力が研究者としてのキャラ付けに生かされました。人助けが好きなだけではなく、いろいろな人との交流自体が好きなのも、こうした活動を続けている理由になっている気がします。

いつ頃から研究者になろうと思いましたか?

ぎりぎりまで企業の研究所で働くか、理化学研究所で働くかで迷いました。私のような情報科学の出身者は、博士号取得後に製薬企業や化学メーカーのバイオ部門などの研究開発部門で働く人も多いので、そうしたキャリアか、アカデミアに進むかで悩みました。

今の研究所で研究することに決めた理由は何ですか?

大学院時代にお世話になっていた准教授が独立して理化学研究所に研究室を持つことになり、誘いがあったので行くことに決めました。

進化に失敗はありますか?

いっぱいあると思います。何を失敗と呼ぶかにもよりますが、失敗というのは人間が勝手に定義したものです。なので、まずそもそも彼らはそんなこと気にしていません。では生物にとっての失敗とは何だろうか、ということを彼らに代わって人間視点で少し考えてみると、進化の観点からの失敗というのは子孫を残せず死んでしまうことだと思います。このとき、個体レベルだと死んだらそこでおしまいなので、それだけを考えると今生き残っている生物以外は『失敗』のように思えてしまいます。しかし種のレベルで見たとき、進化の原動力の本質は、たくさんの試作品を生み出してその中に生き延びる個体があればオッケーという点にあります。そう考えると、ある生物種が絶滅せずに今まで生き残ることができたのは、たくさんの『失敗』した個体のおかげであると言えます。なので、種全体でいうと死んでしまった個体も決して無駄でないはずです。つまり個体としてはたくさんの失敗をしつつも種としては成功しているわけです。もちろん過去に絶滅してしまった種もたくさんあるのですが、そういう種があってこそ、今生き残っている種があると考えると、生物全体としてみれば『失敗』ではないのかもしれません。結局これらをひっくるめてどう呼べばいいのかは、やはり人間次第ですね。

インタビューを終えて

今回のインタビューでは実験室進化についていろいろ質問をして詳しく解説していただきました。よく知られている大腸菌を実験に使うことで自分以外の研究者とも研究結果を共有できるということ、実験の効率を上げるために実験装置やロボットを自分たちで試行錯誤しながら開発していることにとても驚きました。

私たちの持っている研究者のイメージは個人でコツコツと頑張るようなものでしたが、今回話を聞いて周りの人たちと得意不得意を補い合っているのを知り、研究者に対するイメージが変わりました。それから、堀之内さんが実験室進化についてだけを専門にしているのではなく、その研究のためには情報科学や機械工学など様々な分野が関係してくることに驚きました。何か一つだけ研究するのではなくてその過程でいろいろな新しい事、新しい人々に出会えるのも研究の面白さであり楽しみだと思いました。研究者の方も時には行き詰まることがあるけど、うまく気持ちを切り替えたりしているところなど、私たちの日常生活でも参考にできる面もありとても参考になりました。

取材・執筆

兵庫県立西脇高等学校 地学部生物部
井上 大誠、高橋 大地、萩原 陽大、松本 侑真、廣田 紗也