林 茂生(形態形成シグナル研究チーム チームリーダー)

✕ 兵庫県立猪名川高等学校 2年生

「生き物について不思議だなと思うことがあれば研究者に聞いてみてください」と言われて、わたし達が思いついたのは、人間の腕や指は取れてももう一度生えてくるのかな?人間に翼はつけられるかな?そして、手のひらに目がついたらめちゃくちゃ便利そうじゃない?ということでした。

林チームリーダーの顔写真
林 茂生(はやし・しげお)大阪府出身。大学・大学院までは京都で過ごし、その後アメリカに留学。就職を機に帰国し、静岡を経て神戸に。山登りや自転車など、アウ卜ドアが大好き。前例にとらわれない自由な発想は、干渉せずにおおらかに育ててくれた両親のおかげだと思っている。

推しはいますか?

いきなり推しの話ですか?!

僕は山登りをしていて、最近はスポーツクライミングが好きなんです。スポーツクライミングには最近売り出し中の安楽宙斗という16歳の選手がいて、まだ高校生なのに大人の国際大会に出て、あっという間に優勝してしまったんです。だから最近は結構彼を推してます。彼はおばさん達にも大人気ですね。娘ともその話はよくします。

最近の一番の驚きや発見は何ですか?

実は用意しています(笑)。

僕らはハエの匂い器官の研究をやってきています。ショウジョウバエの頭には匂いを嗅ぐための装置である毛があるんですけど、その毛の表面にはたくさん穴が開いているんですね。穴のサイズは約30ナノメートル。1ナノメートルは1ミリメートルの100万分の一なので、肉眼では見えない大きさですね。でも匂い分子はもっと小さくて、1ナノメートルから数ナノメートルくらいのものが空気中に浮いている。なので、さっきの毛の表面の穴を匂い分子は通ることができます。大気中にはいろんな塵や埃とかも浮かんでいて、例えば大気汚染粒子として知られているPM2.5なんかはめちゃくちゃ小さいと言われますけど、これらは穴のサイズよりはるかに大きいので、この穴を通らない。つまり匂い分子を選別するための穴がちゃんとデザインされているんですよ。

これってすげーなと思って、どうやってこの穴を作るのかを突き止めたんです。なぜわかったかと言うと、この穴を作れないハエの変異体を人工的に作成することに成功したんですね。ある1つの遺伝子を選んで、それを壊すと、他の構造は全く問題ないんだけど、この穴だけが作れない。だからこの遺伝子が匂いを嗅ぐ穴を作るためにとても大事な役割をしていることがわかりました。ただし、他の構造には関係しないということもわかる。

実は、この遺伝子って昆虫に広く存在していて、ショウジョウバエの匂いを嗅ぐ穴を作る仕掛けの手がかりになるということ以外に、昆虫の持つ能力の秘密ではないかと思っています。昆虫の体の表面の構造は凄くいろんなことができて、例えば、ある種のチョウの羽の表面は緑色だけど、これってペンキとか絵の具で塗っているのではなくて、光が当って反射した色なんです。これを構造色と言うんですよ。言い換えると、さまざまな色の光が混ざっている太陽光のうち、決まった色の光だけを選別して反射させる仕組みがあるということです。おそらくこういうチョウの構造色などにもさっきの遺伝子が関係しているのではないかと思っています。昆虫は表面にそういう構造を作ることで、すごい能力を獲得しているんです。例えば、夜でもよく目が見える、綺麗に色を飾るとか、ミズスマシが水の上を歩けるとか。そんな秘密が解明できたらと思って、研究を続けています。

研究生活の中で楽しいと思ったことや達成感を感じる時、逆に大変だった時はどんな時ですか?

楽しいことは、やっぱりこれまで知らなかったことがわかること。毎日ではないけど、これって不思議だなーと思うことをずっと頭に抱えていて、それがある日突然、解けたりする時が一番楽しいですね。解けるというのは、数学の問題を解くときとは少し違って、1つの疑問を持っていた時に、その分野とは全く関係ないアイデアがあって、それ使ったら解けちゃったみたいなことがある。そういう瞬間が楽しいですね。

辛いことはあまりないです。もちろん、結果が出ないことはあるのだけど、ある問題を解くために、例えば、10の可能性を考えて第1の可能性が正しいと思ったら、「こういう実験したらこういう結果が出だろう」と考えて実際に実験をしてみるわけです。だけど、うまくいかなかったら、「ということは恐らく可能性1はあんまり有力ではない。」と考えてこれを消す。じゃあ次に有力そうな可能性2を調べよう。ということで、1、2、3、4と調べていけばどっかで正解に当たるわけ。だからうまくいかない実験も意味があるということですね。

細胞間のコミュニケーションではどのような遺伝子が働いていますか?

逆に聞きますが、人間はどうやってコミュニケーションを取りますか?人間同士は言葉を使ったりしますよね。しかし、細胞には目や耳がないので、人間同士のコミュニケーション手段は使えません。では、細胞同士がコミュニケーションを取るためには、何が必要でしょうか。実は細胞は、人間でいう手のような働きをする「細胞間接着分子」という分子を持っています。例えば複数の細胞を一列に並べたい場合、細胞は細胞間接着分子を手のように使って互いに手をつなぎ、細胞間の状態の情報などを交換します。これも1つのコミュニケーションといえます。

 

生徒が手を繋いで細胞間コミュニケーションを表している

 

その分子を発見するのにどのような技術が使われていますか?

細胞間接着分子の場合、その分子が手のような役割をして細胞をくっつける、ということを証明する必要があります。証明するためは、実験的な操作をその細胞に与えて、期待通りの結果が得られれば、その操作がその結果につながったと証明することができます。
例えば、通常ではくっつかない細胞達に、遺伝子組換えの技術を使って細胞間接着分子を与え、それによって細胞がくっつけば、与えた分子が細胞間をつなぐ働きをもっていることを証明できます。

実際のコミュニケーションで気をつけていることは何ですか?

相手の顔と目を見ることですね。口でしゃべること以外に例えば、身振りとか表情とか目線で伝わることも多いので。もちろん言葉はちゃんと選んでしゃべろうと思いますけども、コミュニケ一ションというのはしゃべる言葉だけではないということですね。

手に眼をつけることはできますか?

できます!実はショウジョウバエを使ったそういう実験があって、眼がないはずの場所に、眼を持ったハエをつくることが成功しています。

本来、眼は決まった場所にあって他の場所にはない。ではどうやって通常ではない場所に眼を持つハエを作ることができたかですが、眼を作る機能をもつ「eyeless(アイレス)」という遺伝子を通常の眼の場所でない場所で働かせると、そこに眼を作ることができます。眼以外の場所でeyelessの働きが強まると、新しい眼ができるんです。ハエの脚にこの遺伝子を働かせると、脚に眼を作ることもできます。

では、「人間の手」に眼をつけることができるか。さすがにそれをやった人はいません。ネズミで違う場所に眼をつくろうとすると、一部が眼のような状態になりかかる程度で、見事な眼がばっちりできるわけではありません。だから手に眼をつけることは昆虫では実現している、というのが現状です。

ただし、この操作によって本来の場所以外に作ったショウジョウバエの眼は、完璧な眼ではありません。眼では入ってきた光を内部の網膜細胞が受け取り、神経を通じて脳に情報が届きます。しかし、人工的につくった眼からは光情報が入ってきても、それを脳に送る部分までは作れません。よって、光の受容はできるけど、伝達はできない。そういった点で不十分です。

眼の数を増やすことはできますか?

眼がいっぱいには普通はなりません。でも減らすことはできます。人間でも他の動物でも出生前の発生異常で、1つ眼になることは稀にあります。単眼症といいます。実際に産まれてくるのはごくわずかで、多くは流産のように発生中に亡くなります。体には形を作るための大事なシグナルセンタ一があり、いろんなコミュニケーションのシグナルが右と左に同等に送られて同じものができます。ところがそのシグナルが足りないと、真ん中がどんどん減ってきて最後に両目が融合しちゃうわけです。この眼の数が減る遺伝子の研究が、さっきの質問で出た新たにハエの眼を作り出す研究に発展しました。

じゃあ腕をもう1本増やすことはできますか?

腕や足を作るためのシグナルというのがあって、正常な発生では前足と後ろ足は体の前後に1対ずつできるようにシグナルの働く位置が決まっています。ニワトリで行われた研究で、この手足を作るためのシグナル分子を無理矢理、本来手(翼)も脚も生えてこない脇腹のところにつけた実験をした人がいて、そこからは余分な翼ができました。なので、手足や翼は、実験的には作れます。ただし、普通の状態では起きません。逆に、蛇とかだと足がないじゃないですか。あれは、元々の先祖は足を持ってたんだけど、彼らの生活スタイルでは手足は邪魔なので作るのをやめたんですね。

不老不死は可能ですか?

できないと思います。我々の体の中の細胞には、血液細胞のように、分裂を繰り返してどんどん増えていくものもあれば、脳の細胞のように、増やすことができず、一度できると死ぬまで使うような細胞もあります。増やすことができない細胞の機能は、年月が経つにつれて、その性能が落ちていきます。そういう意味では、それらの細胞を永遠に働かせ続けることはできません。機械を見ても、50年動き続ける自動車や携帯電話というのは存在せず、どこかの部品が劣化して使えなくなります。人間の体でもそのようなことが起きてしまいます。

しかし、人間はすでに十分長生きしています。人類の当初の寿命が20年ちょっとだったのが、今はもう80年を超えている。これは目覚ましい進歩です。ただ、それが100歳とか200歳になるとは私は思わないし、そんなに長生きしても楽しくないと思います。

 

林チームリーダーにハエを見せてもらっている生徒たち

 

インタビューを終えて

生物の進化や形づくりについての知識が少ないわたし達が話を理解出来るか不安でしたが、実際に研究で使われた写真を示して、わたし達でも理解できるように説明してくださり、とても興味深く学ばせていただきました。どんな質問にも笑顔で答えていただき、研究室の様子も見学させていただきました。今回のインタビューでは、みんながとても有意義な時間を過ごす事が出来ました。

取材・執筆

兵庫県立猪名川高等学校 2年生
小澤 由奈、窪地 莉音、小林 典、御領原 莉来、曽山 実愛、林 樹菜