低エネルギーの光で体の中をみる
神 隆 (ナノバイオプローブ研究チーム チームリーダー)
✕ 筑波大学附属駒場高等学校 関西地域研究28班
今や、日本では二人に一人が生涯で一度はがんにかかります。また、日本の死亡者の3人に1人はがんが原因で亡くなっています。神隆さんの研究室では、細胞内での分子の動きや組織内での細胞の動きを可視化するための光る超微粒子の開発や、がん細胞の早期検出に向けた研究など、現代社会において、最先端かつとても重要な研究を行っていることから、興味を持ち、お話を伺いました。
どのような研究をされていますか?
生きている生物のからだの中の細胞の状態を見る「イメージング」という研究を行っています。例えば、超初期のがんを検出することです。現在イメージングに使用されているX線は非常に波長が短い光で、からだを通り抜けることができるので、からだの中を観察することができます。一方、普段光と聞いて思い浮かべる可視光はX線よりも波長が長く、からだの外で細胞自体を見るのには十分です。 しかし、可視光は体を通りぬけないことから、体内にあるがん細胞を見ることは難しいです。よって、可視光よりも少し波長の長い近赤外光というものを使って生体を可視化しようとしています。
光を使った生体内イメージングはまだ実用化できるレベルまでは来ていないものの、近赤外光は体を通すという昔からよく知られている性質を利用して、体の細部まで安全に可視化できるのではないかということで今研究をしています。波長が長い光は生体組織によって減衰しにくく、より深い所を観測することが可能です。
現在、がんの検出に使われているX線などによるイメージングの問題点と、長波長の光を利用する利点は何なのでしょうか?
X線などを使用する場合の現状の問題には、主には解像度が良くない点や、非常にエネルギーが大きくて細胞を傷つけてしまう可能性があるため、長時間の観察や詳細な観察などが難しい点などがあります。その一方で、長波長の光を使用する場合には、解像度が改良されるのみならず、放出されるエネルギーが微小であることから、長時間の観察や詳細な観察ができます。
体の中のがん細胞をどうやって可視化していくのでしょうか?
理想はがん細胞が勝手に光ってくれればいいんですけどね…(笑) でも、実際にはそのようなことは起こらないので、がん細胞に特異的に集まるような蛍光プローブ(プローブとは物質を検出したり、場所を探ったりするための道具をいう)というものを人の体内に入れることで、外から光を当てたときに、がん細胞だけを光らせることができるようになります。しかし、そのためには非常に発光の良い蛍光材料が必要になってきますが、なかなか良いものがないのが現状です。基礎研究用には半導体のナノ粒子(量子ドット)というものを使っています。これは有機色素の数百倍は明るいという優れものです。しかし、現状では量子ドットには公害の原因として知られているカドミウムや、量を多く摂取すると有害なセレニウムなどが含まれているため、残念ながら人体には使えません。
蛍光プローブとしてどのようなものを用いているのですか?
私達が研究で用いる近赤外の光を放出する蛍光プローブは市販されていないので、自分たちで用意する必要があります。そこで私達は硫化鉛(PbS)量子ドットというものを開発しました。これは従来の蛍光プローブと比べて、輝度も10倍は大きく、サイズも5~10nm程度(タンパク質と同程度の大きさ)とかなり小さくなっています。 また、このPbS量子ドットを大量に合成する方法も開発し、ある程度価格を抑えられるようになりました。
臨床にむけた動きなどはどのようなものがありますか?
動物実験の段階ではありますが、マウスの血管やリンパ管を高分解能で見ることができています。マウスに量子ドットを注射して、それが血管を駆け巡っている間に量子ドットに光を当てています。光を当てると、量子ドットはより波長の長い光を出します。それを近赤外線バージョンのデジカメで観察するということです。しかし、ヒトでの研究はまだなされていません。
なぜこの動物実験でヌードマウスを使うのですか?
ヒトや普通のマウスには異種の細胞などに対して、拒絶反応を示し、破壊するT細胞という免疫細胞があり、それは胸腺において分化します。しかし、ヌードマウスにはそれらが存在せず、免疫がないので、ヒトのがんを植えこんでも拒絶反応を示すことがありません。つまり、がん細胞がヌードマウス内で一週間や二週間をかけてきちんと成長するので、ヒトのがん細胞が破壊されずに実験できるという点があります。
インタビューを終えて
今回私たちは校外学習(関西地域研究)として最先端技術とその実用性についての研究を行いました。私たちの班には将来医師や化学者を志す人が多いことから、研究の側面で将来の参考になると感じ、神さんが行っているナノバイオプローブの研究に興味を持ちました。
取材をお願いした段階では、本当に光でX線などの代用などができるのだろうか?理想論に過ぎないのではないかという疑問の念もありましたが、取材で実際に動物実験が行われていることや、実物の量子ドットをみせてもらうことによって、今まで想像していたよりも、はるかに実用化に近づいていたことがわかりました。また、光化学と言っても、これまでラジカル反応や鎖式炭化水素の置換反応などといった高エネルギーの紫外線が関与する事象を中心に学んできた私達にとっては、波長が長く低エネルギーである赤外線を活用した研究に関して知見を深められたことは、とても新鮮で有意義な体験でした。短絡的にツールの威力が利便性、活用できる可能性に比例すると考えるのではなく、「低エネルギーであるということは人体への影響は少ない」というように、各ツールの性質とその活用の方法は表裏一体であることを意識しながら研究していく姿勢を、今後理系の教科を学んでいく私達も貪欲に取り入れていくべきだと思いました。
最後に、私達が取材をするにあたって協力してくださった、神さんをはじめとする理研の皆様、ありがとうございました。
取材・執筆
筑波大学附属駒場高等学校 関西地域研究28班
長沼 慶、高瀬 慎也、小笠原 永輝、田口 優太、梶原 瞭、辻田 悠希
*取材日:2019年5月22日