後藤 哲平(ごとう・てっぺい)

理研BDR 比較コネクトミクス研究チーム 基礎科学特別研究員

小学生の頃、HERSHEY’Sチョコレートアイスバーが大好きだった。特に夏休みにプールで遊んだ後のアイスは格別であったのを鮮明に覚えている。HERSHEY’Sはアメリカ最大手のチョコレート製造会社で本拠地はペンシルバニア州である。1996年にペンシルバニア州立大学の研究グループは新しいガン転移抑制因子を発見し、その遺伝子をHERSHEY’Sの人気チョコレート「KISSES」から連想してKISS1と命名した。その後の研究で、この遺伝子は生殖機能にも重要であることが分かってきた。

私はこのKISS1遺伝子やその遺伝子から作られるキスペプチンという因子と生殖機能の関係について神経内分泌の観点から研究している。内分泌というのはある組織から因子を放出して血流にのって別の組織に刺激を与えることを言い、その情報を仲介する因子のことをホルモンという。生殖機能に関するホルモンは眉間から7cmほど奥にある脳下垂体から数時間に1回血中に放出される。量は25mプールに塩をひとつまみ入れた程度である。何も入れない場合と塩をひとつまみ入れた場合の味の違いが皆さんは区別できるだろうか?私は区別がつかない。しかし、脳下垂体から遠く離れた卵巣や精巣は血中のこのホルモンの微量な違いの情報を受け取っているのである。

キスペプチンという因子に話を戻す。脳下垂体の真上に位置する視床下部にキスペプチンを放出する神経がある。生殖機能に関するホルモンが放出される直前にこのキスペプチンを放出する神経が活動する。このキスペプチン神経が生殖機能をコントロールする指揮者の役割を果たしているのである。現在、神経活動の記録や神経のつながりを可視化する技術を駆使して、特に女性のライフコースにわたるキスペプチン神経の活動がどのように変化するのかについてモデル動物を使って理解を深めようとしている。

統計的に女性は10歳から14歳ごろに初潮を迎える。将来の妊娠・出産に耐えうる身体の準備ができたことを身体が総合的に判断して月経が始まるようだ。そして、平均して28日周期で排卵を繰り返す。その後、歳を重ねて45歳から55歳くらいで閉経する。初潮がなぜこのタイミングなのか。その引き金は何か。月経はなぜ28日周期でないといけないのか。閉経時に身体や脳にはどんな変化が起こっているのか。様々な疑問をモデル動物で解き明かしていきたい。

内分泌的に考えると、女性の身体は目まぐるしく状態が変わっている。一方、男性は12歳ごろに性が成熟するが、女性に見られるような内分泌的な周期性はない。だから、内分泌を研究する者としては、女性の身体のダイナミックな変化は神秘的とも思える。そして内分泌的観点で同性だけでなく異性の特徴を知って理解することは、生理休暇や産休育休など内分泌的に理にかなっている制度の理解に繋がり、結果としてワークライフバランスの推進に役立つのではないか、と考えている。
 

 

(イラスト:高橋涼香)