全ては心のままに……という坂口さんからご紹介いただいて、今回インタビューすることになった大塚さんが所属する発生幾何研究チームは、いきものを研究する理研BDRで生物系出身ではないチームリーダーが率いるチームの一つ。数字や数式がいっぱい出てくるのかな?と思ったのですが、大塚さんは生物系出身だということで、生物と数理がみごとに絡み合ったお話を聞きました。(聞き手:薬師寺秀樹

理研だからできたテーマチェンジ

理研で研究しようと思ったきっかけってなんだったんですか?

学位を取ったときは、蚕という絹を吐く昆虫に感染するウイルスの研究をしていたんです。昆虫や細胞にそのウイルスを感染させて、大量のタンパク質をつくるというタンパク質の生産系があるんですが、元々はそのウイルスが感染すると蚕が死んじゃうんで、困った感染症なんです。農学部だったんで、そういう農業に直結した感じの研究をしていたんですけど、学位を取って自分で研究するとなったときに、もうちょっと違うことをやりたいなと思って。その中で発生学に興味があったんです。
それでいくつかタイミング良く募集が出ていたうちの一つが今のラボだったんです。ボスが当時の発生・再生科学総合研究センター(CDB)にラボを立ち上げるというタイミングの、最初のポスドクとして採用されたうちの一人です。

じゃあ、だいぶ分野が違うところに飛び込んできた感じですね。最初はけっこう苦労したんじゃないですか?

そうですね。もちろん専門用語も違うんですが、持っている前提知識が違うので、伝わりづらいことがありましたね。例えば自分は微分、積分とか線形代数って大学の時に授業で習ったけど、ほとんど忘れてしまっていましたし。だから、初期の頃には数学に関する勉強会とかもやってもらっていました。逆に生物の知識に関しては自分からラボの人に伝える感じでしたね。
でも僕も発生学についてはほとんど何も知らない状態でした。だけど、CDBは発生学の研究所だったので、周りがみんな発生学の専門家なんです。だから発生学についてはCDBから教わったと感じています。ここだったからこそ分野をスムーズにチェンジすることができたという気がします。

カタチがどうやってできていくのか

ラボの立ち上げに参加したということですが、当時何をやるかは決まっていたんですか?

生き物のカタチがどうできるのかというのを知りたいというのが基本コンセプトです。だからボスの森下さんが四肢 (手足) で解析していた方法、つまりカタチが変わるプロセスそのものを実験と理論の人が協力して顕微鏡計測と数式を使って定量するところから始めるというのをベースとすることは決まっていました。その中で僕は実際にその生き物ができていく過程を顕微鏡で観察して、どうカタチが変わっていくか、その中で起こっている細胞の現象を追っていきます。どこで分裂するのか、どこで細胞が大きくなるのか、細胞が並び変わっていくのか。そういうのを実際に見て、それを記述していって理解する感じですね。
その中でも脳に注目しています。

脳ってどうやってできるんですか…?

最初は神経細胞のシート状のものができて、くるっと丸まってストローみたいなチューブ状になる。脳は、このチューブからできてくるんですよ。

チューブ状の神経管が脳へと形が変わる様子

チューブの先のカタチが変わっていってますね?

そうです。チューブの先っぽの塊が人間だったら大脳になって、後ろのほうが細くなって脊髄になるんですけど、最初は本当にただのチューブなんです。その棒状の部分が、横に伸びていきます。ここが目になる部分です。
僕が見ているのは、このシートの先っちょのチューブから目が飛び出るところ。これがどうやって飛び出ていくのかというのを知りたくて。

これ、なんで両側に出ていくんですか?

実は人間でもサイクロピア(単眼症)という先天性の病気があるんですけど、名前の通り目が一つなんです。ほとんどの場合死産になってしまうのですが、ある遺伝子の変異が発症に関わっていることがわかっています。だからその遺伝子の働きで2方向に出っ張っていっているんだろう、ということはわかっています。でもこの遺伝子、指をつくる遺伝子でもあるんです。この遺伝子がないと、骨の形成が進まずに指が1本になってしまいます。

でも、目と骨ってだいぶ違いますよね。

そうなんですよ。目をつくるのも、指の骨をつくるのも、同じ遺伝子が関わっているんですけど、なんでそうなるかがわからないんです。そういうことを知りたいなと思って、僕はここに来ようと思ったんです。そうしたら、10年経ってしまった(笑)。

構造を変えるためには…?

どうやって横に伸びるんですか?あ、そうか、細胞増殖すればいいのか…?

それが、そんな簡単じゃないんですよ(笑)。

え、どういうこと…?

「横に伸びる」という構造の変化を起こす場合、それを説明する細胞の振る舞いって複数考えられるんです。

形が変わるときに起こる細胞のふるまいはさまざま

例えば図の左上のように一部の細胞が伸びるとします。緑の細胞だけが分裂して増える一方で、白い細胞はほとんど増えない。この方法でも全体としては横に伸びますよね。

図の左下のやつは単純に全部2倍になっている。

この場合は細胞の分裂方向が組織が伸びる方向と同じになっているので、組織全体が横に伸びることができます。
あるいは細胞が増えなくても、図の右上のように細胞が横方向に面積を広くすれば、カタチが横に伸びるのが説明できます。
図の右下は細胞が並び替わって、縦方向から入り込んでいます。隣同士の関係が変わるわけです。色がついている細胞の間に白い細胞が入っています。細胞の数自体は変わらないんですけど、それでも横に伸びることができるんです。全体の形状の変化はカタチだけを追っていればわかるんですけど、細胞の動き、細胞がどう動いているかを細かく見ないと、それがどうやって実現されたかはわからないんです。

目ができるときには、細胞は増えているんですか。

先ほどの単眼症の原因になる遺伝子を培養細胞に入れたりすると細胞増殖を促すということがわかっていたので、この遺伝子が働かないと細胞が増えなくて横に伸びなかったんだろうね。だから単眼症になるんだね、実際に見てないけど。と予想されていたんです。でも、実際に目が飛び出すときの細胞の振る舞いを見てみたら、実は細胞増殖関係ないじゃんということがわかったんです。

やっぱり、見てみないとわからないんですね。増殖はしてないんですか?

増殖を止めても横に伸びるんです。そもそも伸びるプロセスは約7〜8時間で完了しちゃうんですけど、この時間だと細胞分裂してもせいぜい1回なんです。つまり、局所で細胞が増えてもあまり効果がないんですよ。細胞の数が増えるより、細胞の並び方が変わっている効果の方が圧倒的に大きい。

遺伝子のアノテーションをアップデート

なので、細胞が横方向に伸びるように配置替えをするということが、正常なときには起こっていて、正常じゃない場合にはそうはならない。じゃあ、さっきの遺伝子を機能できないようにするとどうなるか…?というのを確かめると、方向性が1方向じゃなくてランダムになってしまって、細胞がどう並び替わっていくかがよくわからなくなって、ぐちゃぐちゃ動くんです。その結果として伸びないんです。

向きはどうやって決まってるんですか?

たとえば免疫に関わる白血球とかは方向の決定に化学物質の濃度勾配を使うと思うんですけど、僕らは物理的な力がこの細胞の動き方を決めているんじゃないかという、仮説を立てました。

ここで「力」!

同じラボの力学シミュレーションを専門とする人に組織にかかる力を計算してもらったところ、伸びていく方向とは垂直に力がかかっているんです。

でも、シミュレーションですよね?(疑り深い)

ということで、実際に実験やってみました。

(さすが)

細胞をゴムみたいなシートに貼り付けて、長軸方向、単軸方向に引っ張って…。

細胞をシートにひっつけて引っ張る実験

意外と、単純な実験ですね。

そうです。これめちゃめちゃ単純な実験で(笑)。
で、力がかかっている方向に引っ張ってあげると、細胞集団は目が伸びるときと同じように、力がかかっている方向と垂直方向に伸びていくんです。これを先ほどの遺伝子を働かないようにして同じ実験をすると、力をかけても伸びないんです。
これは引っ張ったときにかかっている力を感知できないことを意味します。つまり、その遺伝子がないと、細胞は力に応答できなくなるということになります。

その遺伝子は「力・センサー」ってことになるんですね?

そうですね。このように細胞が力を感知して応答することを「メカノセンセーション」というんですが、この遺伝子の機能はその能力を制御することに関係しているということになります。そうするとこの遺伝子にとって、働きかける細胞が骨か脳かって関係なくなってくるんです。

力を感知して、向きに変換するというのがその遺伝子の機能であって、指を作れとかではない、ということか。

遺伝子に対して、こういう一般化した理解をしたい、と思っています。目ができない遺伝子とか、指ができない遺伝子とか、もちろん結果としてはそうなんですけど、どうやってそれができて、どうなったらそれが駄目になっているのかがまだつながっていないと思っています。そこを理解したいというのが一番。

遺伝子のアノテーション(意義付け)をアップデートする感じですね。

ちなみに、お話ししたサイクロピアでなんで2つに伸びていかないかがわかりましたよ、というのを新しい論文で最近投稿したので、そちらもごらんください。プレスリリースも出しました!

形ができる過程はわかるようでわかっていない

編集後記

カタチが変わる時、なんとなく細胞増殖してるんだろう、くらいにしか思っていなかったんだけど、確かに細胞の配置が変わってもいい。でも、「そんなに動くのか?」というと「動く」ということなんだな。不思議。2000年以降、遺伝子の機能のラベリングみたいなことは行われているけど、本文にある通り、今後さらにアップデートされていくんだろうな。これはこれで楽しみ。