ぴーからぶー

2021年4月に発足した脳エピトランスクリプトミクス研究チームのチームリーダーとして着任した王丹(おうたん)先生。中国出身で高校生の時に短期交換留学生として初めて来日しました。その後、東京工業大学への進学を機に再び来日し、生物学・生物工学分野で修士号を取得しました。現在の研究分野でもある神経科学分野に飛び込んだのは、アメリカ・南カリフォルニア大学に進んだ博士課程からでした。カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校でのポスドクを経て、日本にまた戻り、当時の理研基幹研究所(ASI)で、脳神経ネットワークのRNAイメージング技術、特に神経細胞のシナプスにおけるRNA分子を蛍光プローブを用いて可視化する研究に取り組み始め、BDR着任前に在籍していた京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)でもさらにその研究を発展し続けてきました。今回は、王丹先生に脳エピトランスクリプトミクス研究チームについてお話を伺いました。

現在の研究室メンバーはどのような構成ですか?

研究員4名、博士課程の学生5名(そのうちジュニア・リサーチ・アソシエイトが2名)、学部生の研修生1名、そしてアシスタント数名と私です。

研究室の主な研究テーマを教えてください。

私たちの研究に関連する二つのキーワードは「脳」と「RNA」です。RNAはDNAのように情報を持つことが可能であり、かつ酵素のような機能も持ち合わせている分子です。DNAの修飾(エピジェネティクス)が制御する遺伝子のオン・オフのように、RNAの化学修飾が神経ネットワーク形成を含むさまざまな生命機能の新たな制御機構として注目され始めていて、RNA修飾について研究する「エピトランスクリプトミクス」という新しい分野へ急激に発展しています。

私たちの研究室では、新しいRNAのエピジェネティックな変化が脳の中でシナプスの機能にどうかかわっているのかに焦点を置いて研究に取り組んでいます。脳の神経シナプスはダイナミックであり、学習や記憶などによってライフステージに依存した変化が起きます。私たちは、神経シナプスで起こるmRNA修飾の役割とその制御を解明したいと考えています。また、経験に基づいた行動の変化が起こった時や病気になった時に、mRNA修飾が遺伝子ネットワークにどのように影響を与えているかにとても興味があります。こうした研究にはオミックス技術や蛍光イメージング、分子・細胞生物学手法やマウスモデル系まで多様なアプローチと技術を駆使しています。

研究室の強みはどんなところでしょうか?

私たちは、それぞれの実験目的に合わせて実験手法を開発してきました。その結果、世界初の生体外での脳内のRNAの局在をライブイメージングする手法や、解析が不可能だったRNAの化学修飾をごく微量で網羅的解析を行える手法、先駆的なシナプスにおける翻訳レポーターなどの開発などに成功しています。現在は、シナプス機能と行動の関係をより深く理解するために、脳内の計算の単位構造であるシナプス構造の大規模な解析ができる手法の開発を進めております。その先に学習におけるシナプス機能を明らかにすることを目指しています。また私たちの研究室には、細胞生物学や分子生物学、電気生理学、化学、心理学などさまざまなバックグラウンドを持つ研究者がいるので、分子・細胞レベルから個体レベルの行動変化まで、シナプス形成に係るRNAの化学修飾とその役割や制御機構の解明に向けて多方面から取り組む体制が整っています。

今後、研究で目指していきたいことはありますか?

シナプスの機能に関わるRNAの修飾を制御している機構を明らかにして、環境や経験による情報の入力がどのようにシナプスの形成および可塑的変化に影響を与えるのか、環境と遺伝子の相互作用がどのように個性につながるのかを知りたいです。これまでRNA分子の動きや構造、化学修飾、翻訳ダイナミクスなどについては、RNAがとても微量しか存在しないことやツールが発達していないなどの理由で、分子神経科学では取り扱うことが難しかったんです。BDRでは、一緒に働く異分野の研究者の知識や手法を取り入れて、RNAの分子制御を捉えられる新しい手法を開発して、目標を達成したいと考えています。

新型コロナウイルス感染拡大による研究への影響はありましたか?

日本への入国規制のため、海外からに留学生の来日の遅れや入国後の隔離期間中のサポートなど、さまざまな困難がありました。また感染者が出た場合、研究室がロックダウンを強いられる可能性を常に気にしないといけないという心労も抱えていました。海外への行き来の制限があったため、海外の研究者と対面で会ってリアルな交流ができないというフラストレーションも感じました。一方で、コロナ禍でオンラインミーテイングのツールが発達し、そのおかげで出張しなくても会議に参加できるほか、家族と過ごす時間が増えた点はよかったと感じる面もありました。