前回創薬専用コンピュータMD-GRAPEのお話を伺った大野さんから「最近出た『窒素がなくてもアミノ酸はできる』というリリースが気になってるんですよ」という話を聞きつけ、今回はその研究をした福地さんに突撃してきました。福地さんといえば、普通は1種類の核種しか観察できない機械で、複数核種を同時に観察できるように開発を進めている開発者なイメージなんですが、なぜ急にアミノ酸の話なんでしょう?

5000年経ったら半分はアミノ酸になってるってどういうこと?

先日出た「窒素がなくてもアミノ酸はできる!-生命を構成するアミノ酸の起源に新しい可能性-」という研究が気になる、ということで、今日はお話を伺いに来ました。

ありがとうございます。あんまり生物っぽくない話になるんですけど大丈夫ですかね…。

大丈夫です!放射性同位体が崩壊するという現象を利用すると、窒素を含まない化合物からアミノ酸が作れるんじゃないか、というリリースを読んでみて「なるほど確かに」とは思いましたけど、そもそも、なんでこんなことを思いついたんですか?

BDRではPET(陽電子放射断層撮影)という装置の開発を進めているんです。PETはトレーサー(放射性核種)が出すベータ線により発生する光を使って画像をつくる装置なんですが、PETを開発するついでにベータ線を直接測る装置の開発もしていました。その開発している装置のテストをしようと思って、何かいいトレーサーはないものかと考えていたんです。手に入りやすいもの、半減期、エネルギーなどいくつか条件があって、炭素14(14C)が良さそうだということになったんです。

そうですね。14Cなら使いやすそうな感じがします。半減期が「秒」だとゆっくり観察できないですからね。

それで14Cのことを考えていて、放射するベータ線のエネルギーが低いなぁと思いました。このベータ線のエネルギーが高いと「反跳」といって、放射したベータ線と反対向きに運動エネルギーが働いて、その力で分子から元素が外れることがあるんです。ずっと前からベータ崩壊したあとの核種が分子の中でどうなるか興味を持っていて、多くの場合は化合物から外れると思ってました。でも14Cくらいエネルギーが低ければ外れないこともあるんじゃないか?そうすると、14Cは崩壊すると14Nになるから、窒素を含むなにか新しい分子に変わることがあるんじゃないか?と思ったんです。そこで、ベータ崩壊によりカルボン酸がアミノ酸になる可能性があるんじゃないか?と考えたんです。もともと炭素だったところが窒素になることでアミノ酸になるんじゃないか、と。
プロピオン酸は、炭素が3つつながっていて、ひとつはカルボキシル基、反対側がメチル基になってるんですけど、このメチル基の炭素が窒素に変わるとアミノ基になるので、カルボキシル基とアミノ基を持つアミノ酸、この場合はグリシンになるじゃないですか。

あ、ほんとだ。そうか、14Cが崩壊した時に飛んでいっちゃうとだめだけど、飛んでいかなければ確かにグリシンですね。

なので、このグリシンがどのくらいの確率で生成されるのか、というのをシミュレーションしてみたんです。そうすると、ある程度分子を不安定にしてやっても、少なくとも1/3くらいの確率でグリシンができそうだ、ということがわかったんです。

まぁまぁの確率ですね!言われてみれば確かにそうなんですけど、思いつかなかったなぁ。同じような経路でいろいろできちゃうかもしれないですね。

今回はシミュレーションなので、実験的に確認することもやっていかないといけないです。まぁ、14Cの半減期から考えると、作って放っておいて5,000年後に確認する、というのが理想的なんですけど、それだと自分で確認できないですね(笑)。でも半減期というのは崩壊する確率の話なので、最新の分析機器を使って微量な分子を測るともっと短い時間で確認できそうです。

短時間だと微量でも、地球レベルの物量と時間軸で考えたら、十分蓄積していくのかもしれない話ですね。生命の起源の業界だと、アミノ酸がどこから来たのか、核酸がどこから来たのかみたいな議論がずっと脈々と続いていると思うんですけど、そういうのに興味があったんですか?

実はPETを使った化石のイメージングもやっていて、その周辺を結構勉強したんですよ。だから生命の起源については、わからないことが多いんだな、ということは認識していました。

核酸とかアミノ酸の1つの分子がどこから来たのか、どうやってできたかも判然としていないし、ついでにそれがどうつながっていってあんなに長い巨大分子になっていくのかわかってないんですよね。今ならそういった反応はすべて酵素がやってくれますけど、生命の起源くらい古い話になるとそもそもその酵素がないですし。(このあたりの話はこちらも参照→「構造生物学で生命の起源にアプローチ」

アミノ酸の問題の中でもう一つ大きな謎は光学異性体の話です。

なぜか生命はL体しか使っていないんですよね。いろんなことが言われているんですけど、これもまだ確定的な説はないですね。

何か理由があると思っているんですよ。物理の中で、力は4つに分類されます。重力、電磁力と原子核の強い力、弱い力です。実は、弱い力だけが左右対称じゃなくて、他は左右対称なんです。

そうすると弱い力が何か関係あるんじゃないかと?

ベータ線を出すベータ崩壊は弱い力によって起こるので、何か関係しているんじゃないかと。そんなことを考えています。まだ検討を始めたところですけど。

アプリケーション開発がさらなるアイデアを

さっき化石のイメージングってサラッと言いましたけど、どういうことですか?

装置開発ってできあがった装置を何に使おうか、というアプリケーションも重要なんですよ。その時に化石のイメージングを思いついたんです。

なんでまた…(笑)

漠然と、普通の人が測らないものを測るのがいいな、と思っていたんですが、その時に地球惑星科学の方の話を聞く機会があったんです。

確かに、なかなか化石の中を見るのは難しいですね。最近、ミイラのCTとかは見かけるようになりましたけど。

そうなんですよ。それで、自分の開発している装置だったら見えるかもしれない、と。

どうやるんですか?普通、PETとかだと、放射性核種の着いたプローブを注射して体内に分布させたものを撮ると思うんです。がんの場合だと18FDG(ブドウ糖に18Fを付加したもの。がんPET検診で使われる)とかですよね。でも、化石じゃそもそも注射が無理ですよね。

発想を転換して、普通のPETイメージングの順番を変えてあげるんです。化石の中にもともと分布している安定核種に外からガンマ線ビームを当てると、ある種の元素はPETでイメージング可能な放射性核種に変わるんです。そうするとPETで見えるようになる。

そうか。ガンマ線は透過性が高いからいける、と。

陽子線なんかでもいいんですけど、なにしろ相手は石なのでガンマ線の方が内部まで到達させやすいです。

安定核種だったものが放射性核種になって、PETやベータ線で見える核種になったものをイメージングすればいい、と。うまく見えれば化石の内部構造が3次元的に見えるってことですよね。これはできたら面白いですね。

でしょ?まぁ、そんなことを検討している間にいろいろと勉強して、最初に話していたアミノ酸を作るというアイデアに行き着いたんです。

なるほどー。つながってるんですね。

全ての道は原子核物理学に通ず?

なんだかんだ今までやってきたことは全部つながってるんだな、と思います。

バックグラウンドはどんな領域なんですか?

原子核物理です。特に実験の方です。

原子核物理っていうと、原子核の構造とか中性子とかそんな話ですよね……。

陽子の数で元素が決まりますよね。中性子の数で同位体ができていくんですけど、陽子と中性子の数が変わると、構造が変わってくるんです。

原子核って丸っぽいイメージだったんですけど、構造ってそういう話ですか?

そういう話ですけど、単純にまん丸じゃなくて、横長になったりするんです。

え?そうなんですか。知らんかった。

励起状態になるともっと横長になったりするのもありますよ。

うーん、イメージできない……。

殻構造ってわかります?

K殻とかL殻みたいなやつですか……?

そうそう。あれは電子の話ですけど、原子核も似たような理解ができるんです。電子の場合は、L殻に8個とかありますよね。原子核の場合も同じように殻構造があって、殻がどこまで埋まっているかとかで、構造が決まっていくんです。

理研和光の仁科加速器科学研究センターにあるでかいジオラマみたいなやつのイメージですか?

 

核図表
和光の理研にある立体核図表©KEK IPNS

核図表っていうんですけど、まさにそれです。陽子と中性子を縦軸と横軸に取って表現しているんですけど、あの表の陽子数と中性子数のバランスがよいところは安定で、バランスが悪いところだと崩壊しやすいといった性質があります。さらに、マジックナンバーっていうものがあるんですけど、その数入ると不安定な領域でも安定度が高くなったりします。安定のときは丸に近いけど、安定から外れると変形したりとか。さらに原子核が励起されたときにまた形が変わったりとか、励起状態が寿命を持ったりとか、いろいろなことが起きるんです。

今度核図表を見ることがあったらじっくり観察したいですね。

電子は励起して戻ってくるときにX線を出すんですが、陽子や中性子が励起して戻ってくるときに出すのがガンマ線なんです。そのガンマ線を詳しく調べることで原子核の性質がわかるんです。簡単に言うと、ガンマ線も光の一種なので、原子核を見て調べるってことですね。

あれ、電磁波の中で波長領域でX線とかガンマ線とかって決まってませんでした?

図で表すときはよく便宜的にそうなっているんですけど、本来の定義としては違うんです。分子から出るのがX線、原子核から出るのがガンマ線。

なるほど、それは知りませんでした。

ということで、そのガンマ線を使って計測すると原子核の構造がわかる、という研究をしていたのが最初です。

うわー、ぐるーっと回ってきれいにつながりましたね!

編集後記

BDRって生命の機能を科学する研究センターという名前だと思うんですが、だいぶ物理な話でした。でも、生命分子といっても分子だし、分子は原子でできているわけだから、突き詰めると物理な話になるんだなぁ。と生命科学の奥深さとBDRの懐の深さに感服でした。