キリフィッシュという爆速で老化する魚の研究についてお話をしてくれた髙橋さんから紹介をされたのが、ショウジョウバエを研究しているという小坂元さん。所属チームの名前に「栄養応答」なる単語が入っているので、ダイエットに役立ちそうなお話が聞けるのではないかと勝手に期待してお話を聞きに行きました。

エサが変わると結果が変わってしまう

栄養についての研究をハエでしているんですか?

意外かもしれないんですけど、ハエではけっこう栄養学の研究が盛んで、ハエの生育に必須の栄養素というのは、かなり詳細に調べられているんです。

人間だと少なくとも26,000種類以上の栄養素を普段食事から摂っているとされていますが、ハエの場合は40種類あればいい、ということがわかっています。

その最小の栄養成分だけでできたハエ専用のエサが最近開発されました。2014年の出来事です。

結構、最近ですね。

そうなんです。それまでは、研究室ごとにイースト(酵母)と、グルコース、スクロース(しょ糖)、コーンミール、コーンフラワーなど天然由来のものを使ってエサを作っていたんですが、どうもエサのレシピが違うと、実験結果に差が出る原因になるのではないか、ということでそのエサが開発されました。細胞培養のスタンダード培地のようなものですね。

エサが違うとやっぱり結果が変わるんですか?

変わる可能性がありますね。実際にハムスターの冬眠研究をしている先輩が、所属が変わってエサが変わったら、以前の結果が再現できず相当苦労したという話を聞いたことがあります。その時は最終的にはエサの中のあるビタミンの含有量が違っていたらしい、というのを突き止めてむしろおもしろい結果に繋がっていました。所属が変わると、エサやその材料の入手ルートが変わったり、予算の問題だったり、同じエサを使い続けるのは難しいところはありますね。

そういう点で、規格化されたエサは扱いやすいんですね。エサに入っているものはどんな組成なんですか?

まずアミノ酸が20種類あって、あとはビタミン系とミネラル系と、その他核酸とかコレステロールで、トータル40種類という感じですね。あ、あとは糖質ですね。

入っているものは普通ですね。配合比率はどうやって決められているんですか?

アミノ酸だと、エキソームマッチング(exome matching)という手法で決められています。

エキソームマッチング!初めて聞きました。

エキソームというのは、ゲノムの中の遺伝子をコードしている部分、エキソンの総称です。簡単に言えば、このエキソンに書かれている遺伝子の情報から、タンパク質の合成に使われるアミノ酸の比率を決定したんです。

力技!

このエサなら組成がわかっているので、そこから一つだけ栄養素を抜くとかいうことが可能になりました。だからこの栄養素がハエに対してどういう影響を持っているかということを調べるのがやりやすくなったんです。

いらないはずのアミノ酸が必要

ということは、そのエサを活用して研究を進めているんですね。

私が研究しているのは、ハエの幼虫なんですが、エサの配合を変えると食べる量が変わるんです。基本的には、幼虫の時期は体を大きくしないといけないので、タンパク質をたくさん摂取しようとします。だからエサの中のタンパク質やその材料のアミノ酸を減らしてやるとよりたくさん食べるようになるんですが、そのメカニズムがよくわかっていないんです。

タンパク質が足りないよーということを検知して、もっと食べよう、という行動に繋げるところですね。

そうです。だから、エサの中の何がその行動を引き起こしているのかを知りたくて、配合がわかっているエサの中に20種類あるアミノ酸を1種類ずつ抜いたり、量を減らしたり、あるいは足してみたりしてみました。おそらく世界初です。

さらっと主張することが世界初……

エサの中のチロシンを抜いてやると、幼虫の食事量が増えることがわかりました。ちなみに、チロシンは非必須アミノ酸です。

え?必要なのは必須アミノ酸じゃないんですか?非必須アミノ酸は体内で合成できるから食べなくてもいいんじゃないんですか?なのに、それが影響する?

おもしろいですよね。おそらく非必須アミノ酸だからこそ、その重要性が認識されてこなかったんです。わたしの研究結果から考えると、体内のチロシンの量が半分くらいに減ると、それが飢餓状態のサインになっているんじゃないかと思います。

飢餓状態になってるかどうかは、どうやって調べたんですか?

飢餓状態になった時に活性化する転写因子があるんです。これが活性化したら赤く光るように改変されたレポーターハエを使いました。これが、いわばマーカーになります。

タンパク質を制限するとハエの幼虫が赤く光ります。そこにアミノ酸を1種類ずつ加えていくと、この赤信号が消えるものがあります。

なるほど。「それが欲しかったんだ!」ということですね。

その通りです。さらに、その現象は脂肪体という特定の組織でしか起きないということもわかりました。

「足りない」の検知

非必須アミノ酸なので食べなくていい、ってわけじゃないんですね。

実は必須・非必須の分類はそれを食べずに成長できるかどうか、ということだけでシンプルに決定されてしまっていて、そのアミノ酸の体内量が十分保たれているか?が実はきちんと検証されないままになっていました。チロシンを食べなくても見た目はあまり変わってないように見えるんです。でも、本当にちゃんと体内量が保たれているのかということを調べてみると、チロシンの場合は半分くらいに減ってしまっていました。

非必須アミノ酸なら体内の合成量を上げればいいんじゃないんですか?

それが、あまり賢い合成システムではなさそうで、チロシンを食べる量が減ってもあんまり合成量をあげないんです。一方でチロシンを分解する経路の制御の方は働いていて、そちらはきちんと抑制されています。それでも体内量が十分ではないので、食べる量を増やしたり、エネルギーを使うプロセスをスローダウンして省エネモードに移行するようになっています。

「足りない」っていう量的な検知ってどうやってるんですかね。

チロシンセンサーのようなものがあるんじゃないかということを想定していて、わたしも調べたいんですが、めちゃくちゃ難しいんです。タンパク質―タンパク質結合の解析は手法が確立しているんですが、代謝物に結合するタンパク質を抽出してくる技術がまだ十分に確立できていません。今回は特に小さなアミノ酸なので、なかなか苦戦しています。

戦略はあるんですか?

いくつか手法が考えられますね。簡単なのはビーズに代謝物をくっつけて、そこにトラップされるタンパク質を取る手法。あるいは、代謝物がくっついた状態のタンパク質は安定性が変わりやすいので、ない状態とくっついた状態で、熱をかけた時の安定性の変化を見る、などですね。やりようはあると思うので、もうちょっと粘りたいと思っています。

ちなみに、ハエとヒトの必須アミノ酸って同じなんですか?

基本的に同じです。かなり古い祖先から保存されていて、実は線虫も同じです。食事から摂取できるものは自分で作れなくても良いので、大昔に合成経路を捨てちゃったんだと思います。

「ホントか?」がスタート

どうして栄養の研究をしようと思ったんですか?

もともとはごはんを作るのがすごい好きだったんです。それでレシピ本とか読み漁っていた時期があって、自然と栄養学に興味を持ち始めました。

そこから始まるんだ!

その頃(2017年ごろ)って健康ブームで、テレビで「これを食べたら健康になる」みたいな番組多かったじゃないですか。そういう番組を見ていて、「それ、ホントか?」って思ったんです。からだ全体の健康って1個の食材でどうにかなるもんじゃないだろうし、たとえ本当に健康になったとしても、そのメカニズムがすごい簡単にくくられて紹介されるわけです。これを分子レベルでの作用機序としてちゃんと語れるようになりたいな、と思って栄養の研究をしたいなと思いました。

まっすぐな情熱ですね。

とはいえ、修士の最初の頃は、栄養のことができる環境になかったので、発生の研究をやってました。修士の後半になってから環境が整ったので、途中でテーマを変えました。

修士過程って2年ですよね。残り1年でテーマを変えるのってだいぶ厳しいんじゃないですか?

そうなんですよ。指導教官には、ここで変えるなら博士課程に行くことが前提だよ、と言われて、そこで覚悟を決めました。博士課程に行くなら、研究者になるぞ、って。

編集後記

このお話で出てくるハエはショウジョウバエという生命科学の研究ではよく聞く生き物。台所とかで気づくと飛んでいたりするコバエの一種です。栄養状態がいいと平均すると1時間に2個卵を産み、10日間で成虫になって、また卵を産み始めるんだそう。掃除はキッチリやらねば、と決意を新たにしました。