今回は、以前インタビューをした後藤さんの紹介で、高瀬さん。とはいえ、何をしている人なのか、どんな人なのか、本当に全く予備情報がない状態でスタート。またまたどうなることやら…。

卵巣の中で起こっていること

さっそくですが、今はどういう研究をされているんですか?

前職でやっていたことを引き継いで、哺乳類の生殖細胞の研究をしています。
今は主に卵巣の研究をやっています。

卵巣? 卵子じゃなくて?

卵子とも言えるんですけど、どっちかというと卵巣という方が正しいですね。
卵巣の中に眠っている卵子のもとになる卵母細胞はどうやって目が覚めるか?というのをやっているんです。

たしか、卵子って胎児のときに作られて、大人になるまでは眠っていて、大人になると順繰りに出てくるんですよね。

そのとおりですね。
卵母細胞は大部分が休眠状態にいて、一部だけ活性化されて「目覚める」のです。活性化された後の過程はノンストップのため、実は、この段階で究極の運命の選択があります。ラッキーなものは、排卵され(てさらに受精して子どもにな)るか、あるいは途中でこの卵は駄目だと判断されてと死んじゃうかの2択です。いったん活性化されると、もう後戻りできないので、活性化の程度がどのくらい強いか、どのくらいのスピードで起こるかで、女性の生殖可能期間が決まっちゃうんです。あんまり速いと若いうちに、たとえば40歳未満で閉経が来ちゃうような、早発性の卵巣不全になったりということにつながります。

それって数で決まっているわけじゃないんですか? スピードなんですか? というのは、単純に毎月1個ずつ出てくるんだろうと素人的には思うので、何個準備されているかという問題なのかなと思っていたんですけど…。

ヒトの場合、排卵される卵子は原則、毎月ひとつなんですけど、ひとつだけ活性化して使うことにしていると、そのひとつの卵子が駄目だったときに保険が効かないので、いくつか同時に育てているんです。それで、途中でセレクションして、一番育った卵胞が、他の育っている途中の卵胞の成長を阻害して、最終的にはひとつだけ卵子が出てくるという感じです。

それって卵子が出てくる途中で起こるんですか?

卵巣の中で育っている途中で起こります。
ヒトの場合、最初は直径30μmくらいの卵母細胞が、出てくる直前には120μmくらいまで劇的に大きくなります。卵胞が育っている最中に出来の悪いものはどんどん死んでいって、ある段階で一番育っている卵胞だけが生き残って、最終的にその中で守られていた卵子だけが出てくるのです。なので、毎月それなりの数(約1,000個)の卵母細胞が消費されるんです。最初に卵巣中に存在する卵母細胞の数も大事ですが、卵胞を活性化させるペースもとても重要なのです。
逆に活性化が起こらないと、まったく排卵が起きないので、それはそれで不妊につながるという話になります。

卵母細胞が育ってくる過程や、排卵された後の受精の段階は、けっこう研究が進んでいるんですが、一番未分化の状態からどうやって目が覚めるかというのはあまり知見がなくて、そこが面白いと思って私は研究しています。

活性化したというのはどうやって確認するんですか?

いい質問ですね(笑)。実は、正確な活性化のタイミングというのはわからないんです。
休眠している卵母細胞の周りにはサポートをする前顆粒膜細胞という平べったい細胞がくっついているんです。これが活性化のタイミングで立方体状の形になって、卵母細胞を取り囲み、同時に卵自身も成長を開始します。卵母細胞や顆粒膜細胞の形態や大きさから「活性化」を判断しています。
そうして、卵母細胞と顆粒膜細胞がお互いシグナルや栄養物質をやりとりして成長していくのです。

この塊全体で大きくなる?

そうです。この塊を卵胞と言います。次の段階には顆粒膜細胞が2層になって、さらに顆粒膜細胞は増殖して卵母細胞の周りに多層の細胞集団を作り、もっと卵胞のサイズが大きくなると顆粒膜細胞中に腔ができてきて、最終的には卵子とそれを取り囲む細胞が一緒に排卵されます。

精子と卵子の違い

そういえば、どうしてこのテーマを選んだんですか?

以前は精巣とか、あと肝臓とかをやってました。

何か共通点があるんですか?

実は、たまたまです(笑)。
博士時代には肝臓のステムセル(幹細胞)に興味があったんです。肝臓のステムセルって、普通のときにはいないんですけど、肝臓にダメージを受けたときだけ出現して、再生を促進するといわれているんです。それに興味があって、ステムセルがどれなのかいうことだったり、周囲の細胞がステムセルをどういうシグナルで制御しているのかというのを調べたのが、私の博士時代の研究です。
そこから、ステムセルと周りの細胞(ニッチ)の相互作用を成長因子という観点から明らかにしたり、マウスの遺伝学を駆使した細胞系譜解析でステムセルの実体を調べたりしたいと考えて、留学しました。
でも、そこでは肝臓をやらせてもらえなくて(苦笑)。研究室の他のメンバーと被らない臓器だったら好きに研究をしてもいいということで、精巣の研究を始めました。それで論文を発表して、そのテーマを引き続きやろうと思って、日本に帰ってきました。帰国当時は精巣もやっていたんですけど、なかなかデータがうまく出なくて。精巣の研究って当たり前ですけどオスしか使わないので、メスがもったいないと思って卵巣の研究を始めたのが今につながっています。

さっきの話だと卵子は選別が入るけど、精子は全部使うんですよね?

大体使いますね。

卵子はそのくらいクオリティコントロールが精子より厳しいということなのかな。

そうですね。うまく育てるのが難しいんでしょうね。卵巣というのは、構造的にも精巣と比べるとけっこう複雑だし。場所的にあまりオーガナイズされてないんですよ。簡単にいうと、卵胞がたまたま存在していた場所が育つ場所になるだけで、卵胞が成長する場所が決まっているわけではないんです。局所的な刺激や内分泌系による調節も難しいことが想像できます。
一方で精巣は、数本の長い管でできています。最も未分化な細胞が管の周りにいて、順番に分化していって、真ん中に精子が排出され、精細管を通って外に出ていくという、すごく単純で美しい形なのです。
一番私が卵巣の研究に入るときに難しいと思ったのは、一見乱雑に見える卵巣の構造の中できちんとプロセスが進むところです。

精子の方は、今はやっていないんですか?

今精子のほうはペンディング中です。
以前の研究で見えていた「精巣がスカスカになる」というフェノタイプ(表現型)が、理研に来てから見えなくなったんです。理研のせいということではなくて、突き詰めれば突き詰めるほど、フェノタイプが現れなくなってきてしまいました。

そういえば、フェノタイプのスクリーニングの専門家と話したときに、何をもって定義するかかなり厳密に考えておかないと、純化するほど見えなくなる可能性があると言われたことがありますね。

最初はけっこう劇的なフェノタイプだと思ったんですけどね。見えなくなりましたね。
コンディショナルノックアウトマウスを使ってたんですが、理研へ動物を移すときにクリーニングをしたので、マウス系統のバックグラウンドが変化したせいかもしれません。
解析してもしても差が出ませんというデータが手元にあります(苦笑)。

なかなか切ないですね。そのデータ。

卵子が目覚める時

卵子が目覚める時に、何がスイッチを入れるんですかね?

それを知りたいと思ってやっているんです(笑)。

あ、そりゃそうですよね(笑)。

いくつか活性化に関わると報告がされているシグナルがあるんですけど。論文を読む限りどれも決定的な刺激にはなっていないような印象です。

卵巣の中に、スイッチが入る卵子と入らない卵子があるわけでしょう。

そのとおりです。それがなんでかな?って。それを知りたい。場所・位置的に活性化しやすい卵胞がいるのかどうかというのも、見たいと思っています。あるシグナル分子が面白いと思って研究していますが、これが一番上流ではない感じがするので、もっと上流のシグナル、しかも劇的に活性化を誘導するシグナルが何なのかも知りたいと思っています。あと、卵胞が育つときは、卵とその周りにいる体細胞とのクロストークやインタラクションがすごく大事だと思うのですが、どうやって同調して、うまい具合に両方とも活性化して育っていくかというのも。

そうか、周りも育たないといけないですもんね。

周りも育たなきゃいけない。周りも増えなきゃいけないし、形も変えなきゃいけないし、卵をサポートするのに必要なアミノ酸とかcAMPとかも出さなきゃいけないし、ホルモンもつくらなきゃいけないんです。

やることいっぱいですね。

やることいっぱいなんです。なんでそれが一緒に起こるのかというのが知りたいんです。最近の論文では、周りの体細胞が先に活性化するといわれているんです。でも、私の見た感じ、たぶん違うんです。卵だけ先に大きくなるケースってけっこうある。

後からついてくる? 周りが。

後からついてくるときもあるし、後からついてこられないときもあります。その差というか、コミュニケーションを明らかにしたいです。今ここの分野、けっこう注目されはじめていて、卵巣の研究者たちの興味がこっちに向かっているのを感じます。

早いとこやっちゃわないと、ですね(笑)。

諦めずにいくのが大事

それにしてもデータがきれいにまとまっていますね。

ありがとうございます。これは濱田先生のおかげです。

こういうまとめ方が?

月に1回ラボミーティングの担当が回ってくるんですけど、紙でみんなに見せるスタイルなので、こういう紙資料がたまっていくんです。プレゼンスライドで残すのもいいんですけど、紙のほうが頭の整理になるのがいいですね。

でも、濱田さんご自身の研究とも違いますよね。

この卵巣の分野って結構ニッチで、研究している人がそんなに多くないので、異動先を探さなければいけなくなったときはやや不安でした。
濱田先生の研究は左右の非対称性がメインですけど、その中で同じシグナル伝達経路に着目していたり、母性因子の研究で卵巣を対象にしていたりなど共通点はあるので、ラボの他のメンバーも含めて議論ができるのがありがたいですね。濱田先生には受け入れていただいて感謝しかありません。
最近はさらに他の研究者とのつながりが増えてきているのもうれしいところです。この春から学振の新学術領域研究の公募班に採択していただいたんです。それでようやく近い分野の知り合いが増えてきました。
さらに、その新学術の計画班に同じ理研BDRの北島先生がいるんです。そこで突撃して「ディスカッションをする人が欲しいので、ぜひラボミーティングに加えてください」とお願いして、入れてもらいました(笑)。実は、あさってそのラボミーティングで発表するんです。

北島研で発表?

そうなんです。まだ半年ですけど。

でも、近くにいるというのはいいですね。ところで、今後、PIを目指したりしますか?

そうですね。目指すだけは自由だから(笑)。
こどものころ本だけは好きだったんですよね。レイチェル・カーソンの「沈黙の春」という著作があって。環境ホルモンの話なのですが、化学物質による環境汚染によって野生動物のオスメスが変わったり、生殖効率が下がったりして、生態系に影響を与えちゃうというものです。

小説なんですか?

小説風味になっていますが、けっこう科学的です。これを読んで、衝撃を受けたんです。私たちの身体って、こんなに簡単に外の物質によって影響を受けるような危ういバランスの上にいるんだ、というところが興味深くてハマりました。

それで、生物系のサイエンスを勉強して、修士課程までは行こうと思って親に言ったんです。「私、生物を勉強したいから、少なくとも修士までは出たい」と。いいよと言ってくれたんですけど、いざ修士に進学する段になって、聞いてないと言われて焦りました。
田舎なので、周りの人が大学院というものが何なのかわかっていなかったんです。それで修士まではなんとか行ったんですが、博士課程への進学は一度諦めて就職しようと思ってました。
当時は、いわゆる就職氷河期で、すごく頑張って一社採用になりそうになったんですけど、そのときに「本当にこれでいいのかな?」と思ったんです。
その頃に、ようやく研究者という職業があることがわかってきて憧れが強くなると同時に、今もう亡くなった祖父母に「勉強をしたいならすればいいじゃん、お金出さないけど。」みたいなことを言ってもらって。「そうだよね、勉強したいならすればいいじゃん。今しかチャンスがないんだから。」と思い直して、就職活動をやめて、博士課程に行ったんです。そこで決心をしたので、それ以降、決意は揺らがずに今まできています。

揺らがない感じがすごいですね。

もう私、自分のやりたいテーマで仕事をさせてもらってきているので、例えば次の研究室に移ろうとした際、たぶん採用する側からは一般的なポスドクやラボ内のテーマを研究してもらうための助教クラスとしては扱いにくい人材になっていると思いますし。

たしかに、すでに自分のやりたいテーマがありますからねぇ。

そうなんです。なので、独立して研究室を主宰するくらいにならないといけないかな、と。
女性の場合、いろんなファクターがあって本人が諦めちゃうパターンのほうが多いんじゃないかなと思うんです。でも、諦めなければ道が開けるんじゃないかなと。

期待してます!

諦めずに頑張ります。
大きいこと言っちゃったので、着実に成果を出せるよう努力します。