DNAの構造について意外な方法で研究を進めていた大字さんから、おもしろい研究をしている外国人研究者として今回の呉さんをご紹介いただきました。(聞き手:薬師寺秀樹

猫の3歳は人間の30歳?

ネコとかペットを飼ったことはありますか?

あります。子供の頃、最大8匹いました。

病院に連れて行くと、獣医さんから「今このネコは3歳なので、ヒトで言うともう30歳くらいなんですよ。」みたいなことを言われたことはありませんか?

ありますね。

でも、どうやってネコの年齢とヒトの年齢を比較しているのか、わかりませんよね。

そうそう。それ、不思議だったんですよ。

ですよね。だから獣医さんに聞いてみたことがあるんですが、それでもよくわからない。たぶん判断基準はないんです。獣医さんの経験的に「ネコの3歳はヒトの30歳」と言っているだけで、正しいか正しくないかはわからない。だからわたしはその時間を決めているのが何か、ということに興味を持っているんです。

脳の発現パターンは共通

なので、今は脳の発生に注目して、時間の進み方の違いを解き明かそうとしています。脳の構造って層になっているんです。奥の方に幹細胞がいて、神経発生期にその幹細胞が分裂するときに非対称に分裂して、幹細胞ともう一つは別の細胞に分化して、それを繰り返すことでどんどん脳の中に層が作られていきます。

順番があるってことですか。

はい、順番があります。元は同じ神経の幹細胞なんですが、時間が経つにつれて分化する細胞がどんどん変わっていきます。実は、この分化の順番がほぼ全ての哺乳類に保存されているんです。最初にできるのが底側の深層ニューロンで、その後にできるのが上層側の表層ニューロンです。ニューロンの種類が違いますが、細胞ができるタイミングも、並ぶ位置も、ヒトだろうがフェレットだろうが同じです。

イメージとしては理解できますね。

その細胞の分化の順番と遺伝子発現に相関があるんです。底側の部分の時は遺伝子Aが発現して、上層側を作る時は遺伝子Bが発現して、という具合に。これも種に関わらず同じです。ただ、実際にはマウスとフェレットとヒトでこのプロセスにかかる時間が違うんです。
マウスは1週間でこのプロセスが全部終わるんですが、ヒトの場合は3ヶ月かかる。じゃあ、なんでこの時間が違うのか?というのを解き明かそうとしています。

シミュレーションしてみた

どうやってアプローチしてるんですか?

実験とシミュレーションですね。まず、同じ場所にいる細胞は同じ時期にいるという仮説を立てて、シングルセルRNA-Seqをやります。細胞一つ一つの遺伝子の発現パターンをチェックするということです。これを元にバースデースコアというのを出します。そうして、これを一つ一つの細胞から出たデータから繋げると時間経過に対しての発現レベルの変化をグラフ化できます。

ここまでがどちらかというと「実験」の方ですね。

そうです。ここからはシミュレーションも使います。このグラフのパターンをどうやったら引き伸ばせるのか?そこに関係している要素を探しています。

いろいろありそうですね。大きさとかもありますよね、きっと。

関係する遺伝子の発現量や拡散速度、順番とかたくさんあります。そういう要素を偏微分方程式に変数として組み込んでシミュレーションするんです。

や、方程式がたくさん並んでいる…。さっぱりわからん…(汗)

タンパク質の分解速度がちょっと違うみたいだとなったら、そういう細かいものも入れたりしてみています。例えば、ここのパラメーターを変えると、立ち上がりが変わってパターンが引き伸ばせる、とか。

あ、ほんとだ。伸びてる。

でも、まだまだ30倍というマウスとヒトの時間の違いは説明できていないんです。

長生きのマウス?

時間の違いを決めているモノがわかったらおもしろいですが、その後は?

昔は人間の平均寿命って40代とかだったけど、今後もっと伸びて行くと言われていますよね。

寿命の話をしようと思うと、発生よりもっと後のプロセス、要は成熟してからも重要ですよね。

それはそうなんですが、成熟した後は遺伝子の発現パターンが複雑すぎて、種間で比較できないんです。それが、脳の発生に限れば比較できる。なので、ここからアプローチしているんです。

なるほど。理屈がわかれば、長生きマウスができたりするかもしれないですね。普通のマウスの寿命は2〜3年ですよね。

60年生きるマウスなんていうものができたら面白いですけど、1世代では完結できない壮大な研究になりますね(笑)。

でも、いわゆる老化の研究って息の長い研究かもしれないですね。時間をかけないとわかってこないことも多い。

やっぱり面白いかどうか

ところで、呉さんって日本に来てどのくらい経つんですか?

16年ですね。最初は北海道大学の水産学部に行きました。

函館ですね。

そうです。そこでチョウザメやウナギの生殖の研究をしていました。人工授精の研究などをやっていたんですが、その他にも特別な餌じゃないと稚魚から成魚になる段階で全滅しちゃうなど、いろいろおもしろい研究がありました。

完全養殖とか難しいって聞きますもんね。

しかも、魚類は染色体のXYが全然わからないんですよ。

生殖細胞見てもわからない、ってことなんですか?

そもそもXYじゃないかもしれない。結局DNA配列読まないとわからないです。

そりゃ大変だ。

それで、次はマウスの生殖細胞を使った遺伝の研究をしようと思い、遺伝研に行きました。その後、理研に移って、今は脳の研究ということになっていきます。脳は運命を決定するポイントがいくつもあっておもしろいかな、と思いました。

研究テーマの変更って結構ハードルが高くないですか?

おもしろいかどうかでやっぱり判断しますね。あと、未来があるか。おもしろくても未来がないとやりたくないですね。他の研究者がすでに証明してしまったものを後追いしても「その先」はないですし。

編集後記

呉さん本人のエピソードではないので本論には盛り込みませんでしたが、ウナギの産卵場所の特定にまつわるお話を少しだけ。太平洋に出る調査船があって、それに乗ってもうすぐ産卵しそうなウナギを採るんだそうです。それに発信機をつけてもう一度海に放して、どこで産卵しているのか調べようと。何匹も採れるものではないし、放した後もサメに食べられたりしてちゃんと追跡できなかったりするそうです。だから30年くらいかかって少しずつわかってきた、というところのようです。他にも、中国のお名前の話とか…。全然サイエンスじゃないんで、書かないことにしましたが、めちゃおもしろかったです。